NO.19

−支え合った13年間が形に−
  『シーモック』に集う仲間たち

 柳原橋の近く、養老川のほとりに建つ作業所に、お菓子を焼く甘い香りがひろがる。『福祉施設シーモック』は、障害やひきこもり等で在宅を余儀なくされている若者たちが通うワークホームとして、今年4月に正式オープンした。代表の喜多孝子さん(60歳)を中心に18歳から27歳までの若者たち7名が、週3日ここでクッキーやケーキなどを作っている。
 13年前、市原には養護学校の卒業生を受け入れる福祉施設はないに等しい状況だったという。当時の市原養護学校校長をはじめ、親たちの声から生まれたのが“市原に福祉施設をつくる会”だった。会では、関係機関への働きかけと平行し、寄付金や手作り品のバザー売上金などを施設建設資金としてコツコツと積み立てた。1〜2年後、市内には、知的障害者のための入所施設や通所授産施設などが整備されはじめた。そして10年間に計6施設ができ、卒業生のほとんどは収容可能となった。
「私たち親にとっては、とてもうれしいことでした。ひとつ施設ができるたびに30人から40人が受け入れられました。ですが、卒業生は毎年いるわけです。また、そういった施設の少ない市外からの入所もあり、次第に施設は満員になっていきました」と喜多さんは話す。会では、ある程度の建設の見通しが出来た時点で、土地を探し始めた。しかし、紹介のあった土地は山や谷地など。地盤整備だけでも莫大な経費がかかり、手が出なかった。メンバーたちに活動の疲れが見え始めた頃「悔しいけど、積立金はどこかに寄付を」という声も聞かれるようになった。「それでは今までの私たちの苦労が無になります。せめて何かの形にしたい、と思っていたところへありがたい土地提供のお話をいただいたのです」。地主の須田正明さんの協力により、施設建設はトントン拍子に進んだ。こうして13年間の思いが形になった『福祉施設シーモック』はオープンした。
 木の香りがするバリアフリーの建物内では、お菓子工房の『ミントベル』、運営資金支援のための母親たちの手芸サークル『チューリップ』、肢体不自由の子どもたちの訓練グループ『たんぽぽ』などが活動する。
 3カ月前から通い始めたという長濱寛さん(23歳)は、ここへ来て人生観が変わったという。「家では、ただテレビを見てボーっと過ごすことが多かったけれど、シャッキとした感じ。手があくと、自分から仕事を見つけて何かしようと思うようになりました」と話してくれた。当初はあまりの弱々しさに倒れるのではと、心配していた周囲も彼の表情が日を重ねる毎に明るくなるのが分かったという。菓子は注文を受けて作ることもあるが、出張販売に出かけることも多い。残らず売れた日は皆の「ただいま」の声も一段と大きい。暑いときも寒い時も自転車で休まず通う桐原陽子さん(19歳)は「好きだから楽しい。毎日でも来たい」と答えてくれた。「私にもっと元気があったら毎日でも出来るんですけどね。光熱費などの運営費はお母さんたちの手芸品の売り上げと会員の年会費で賄っています。お菓子販売の収益金は、1万円に満たないわずかな金額ですが、子どもたちへ還元しています。お手伝いしてもらっているお母さん方にも、せめて交通費などの実費だけでも出せたらと思っているのですが…。みなさん自分の生活がありますから、ボランティアもある程度有償にしないと継続するのが難しいのです」と喜多さん。
 現在、小規模作業所として来年度の認定を市に申請中という。公的な補助金がおりれば、運営も軌道に乗せられる。「将来は法人化したいと考えています。そうしなければ、苦労するのはわかっていますから次へ渡すことが出来ません」。
 紆余曲折の13年間。一つひとつの苦難を次へのステップとして、支え合いながら歩んで来た母親たちの夢が形になった『福祉施設シーモック』。「福祉は地域とのふれ合いなしでは成り立ちません。地元のみなさんに、私たちのことを知ってもらって仲良くしてもらうのが一番大事だと思って活動しています」。 シーモックは、さらなる新たな道へ向かってスタートしたばかりだ。 (国)

◇シーモック TEL 36−3584
月・水・金 9時半〜15時
◇喜多 TEL 21−9356



今日は三和作業所から誕生会用ケーキの注文があった。
右から3人目が喜多さん。




すぐそばにある大きなシイの木にちなんで『シーモック』とつけられた。




 



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