中沢保さんは定年後、健康のために市主催の卓球教室に通った。そこで卓球の面白さにはまり、巣立った2人の子ども部屋の間仕切りを取り払って、卓球台を入れた。奥さんの友達もやってきて、連日ボールの音と賑やかな声が響いた。しかし、何分せまい家の中、クローゼットにぶつかったり、勢いあまって窓から飛び出しそうになったり、ラケットがカーテンにからまったり。
「うぐいすクラブ」を発足させたのは、練習場所をyouホールとアネッサ(姉崎保健福祉センター)に移した平成10年だった。会員はアッという間に70名に増え、翌年にはカラオケ部門が、翌々年にはダンス部門が相次いで発足した。指導するのは吟詠会の役員や、童謡を歌う会、ダンス競技会に出場した経験者。いずれも会員である。
また、昨秋は『房総の石仏百選』の執筆に携わった会員の家族を講師に「郷土歴史教室」も開催した。市内に残る石仏について面白おかしく、そして分かりやすく解説。会員以外の出席者も得られた。お正月明けには独立した茶室を持つ会員兄弟の家で初釜も開いた。
お互いが持っている知識や技術、場所を提供しあい磨き合う。単に楽しむだけのサークルでなく、個々の得意分野を活かした勉強の場へと展開していった。
さらに社会貢献への活動が始まったのは、会員に手先の器用な佐久間正雄さんがいたことに他ならない。中沢さんはアネッサを無料で使用させてもらっていることや、元気に楽しく活動させてもらっていることへの感謝の気持ちを表したいと、佐久間さんに相談。同施設は60歳以上の利用者が多いことから、孫の手肩たたきを製作することに決めた。
まずは材料集め。山で竹を採取し、形に合わせてカットする。手の部分となる先端はガスバーナーで曲げる。他の会員からゴルフボール100個余りが寄せられた。このゴルフボールに布をかぶせ、本体に取り付ける。ヤスリをかけ、ニスを塗って完了。のべ20人の協力のもとに、一回目50個、二回目も50個。計100個の孫の手肩たたきが寄贈された。
さらにバスの乗り降りの際にちょっと腰掛けてもらえるように、とアネッサ玄関横に長椅子を設置。アケビやフジのツル、竹で作られた野趣ゆたかな手作り椅子は、訪れる人達に長寿の椅子として愛されている。
大がかりだったのは、ゲートボール場に作った休憩所である。計画から完成まで一ヶ月。材料費は個人負担も多かったが、みんなの会費からも捻出した。これもまた、利用者に夏の暑さがしのげると喜ばれている
中沢さんは「ますます広がる高齢化社会へ向け、シニア・シルバー世代が、健康で希望と目標のある日々を送れたら、と考えスタートしました。21世紀はこれまでの地縁、血縁の人間関係から、好縁の時代と言われています。『楽しく 仲良く 仲間の出会いを大切に』を合言葉に、これからもボランティア活動を含め、地域に貢献するサークルであるよう努力します」と話す。
さて同クラブが主催する「ダブルス大会」はユニークである。編成が男性同士、女性同士、混合、何でも自由。これだけでも前代未聞だが、賞品は会員が作ったかごやバザーで仕入れた品々。前回は市内全域から22サークル、112人が参加し盛大に行われた。
「うぐいすクラブに入ってなかったら、何していますか」と問いかけた。「たぶんゴロゴロと家でテレビでも見てるでしょう」とその人は笑った。隣の男性は「数年前、女房が病気で倒れ、ずっと家事をこなしている。最近もガンの手術を受けたばかり。みんなそれぞれに少なからず悩みや将来の漠然とした不安は抱えていると思うよ。でも皆と一緒に活動していると、それらが小さくなっていくんだよね」。別の男性も「60才過ぎて、友達がこんなに増えていくとは思いも寄らなかった。会員相互の交流で、趣味もずいぶん広がって生活にはりが出てきた」と語る。
最初に始めた使用済み切手とテレホンカードの収集は、今も継続して行っている。
「自然発生的に広がっていったサークルやボランティアです。これからも会員の希望する勉強会を開いたり、ボランティアの要請があれば、どんどん積極的に取り入れていきたいと考えています」と意欲的に語る中沢さんである。 (不)