見えぬけれども
あるんだよ
見えぬものでも
あるんだよ
これは金子みすゞの童謡集『星とたんぽぽ』の一節。
この詩にひかれ、知人に本をプレゼントしていた「千葉みすゞ会」主宰者、岡部秀子さん。
岡部さんのまわりには、みすゞの詩を愛する人が数人集まっていた。6年前、ある読書会でみすゞの詩をとりあげた時、助言者として岡部さんが出席し、そこで話を聞いた人が「もっとみすゞの事を勉強したい」と言い出したのが会の始まりになった。現在男性も含め会員は36名。「みすゞの詩は誰でも分かるやさしい言葉で書かれています。それなのに深い意味があるのが魅力です。それに没後70年も経つのに、今の時代が求めている何かがあると思うんです」と岡部さん。
金子みすゞは大正時代に彗星のごとくあらわれ、その才能は西條八十に見いだされていた。しかし結婚後、夫に詩を書く事を禁じられ、また病気で体調をくずし、3冊の童謡集を清書した後、創作はしなかった。そして20代の若さで没する。 みすゞの作品の中には、たくさんの植物や生き物が書かれており、身近な生命に心を寄せるやさしさが感じられる。そして命があるもの全て、その存在に意味があることを教えてくれる。
「私と小鳥と鈴と」 私が両手を広げても、
お空はちっとも
飛べないが、 飛べる小鳥は
私のように、 地面を速くは走れない。
私がからだをゆすっても、きれいな音は
でないけど、あの鳴る鈴は
私のように、たくさんな唄は知らないよ。鈴と、小鳥と、それから私、みんなちがって、みんないい。
これはみすゞの代表作であり、現在小学校の国語の教科書にも紹介されている。 会員の一人は「みすゞの詩は、生活の忙しさの中で忘れていたものを、ふっと思い出させてくれました。たとえば子供の時見ていたものや感じたことです。朗読しながら、幼い頃をもう一度経験しているみたいです。世の中は変わっていきますが、人間の持つ本質は変わらないと教えてくれています」と話す。
会の例会は月に一度。みすゞの遺稿集を見つけ出し、全集を編集、出版した矢崎節夫さんの『みすゞの生涯』という本を読むことから始まり、次に詩を一人が一つずつ読む。それから曲をつけたみすゞの歌をうたい、事務局の報告などを聞き、お茶を飲んで終わる。この時に岡部さんの手作りの菓子が出される。これが楽しみという会員もいる。
みすゞの会は全国にあり、交流も盛んだ。その中で矢崎さんが音頭をとり、全国のみすゞファンからの寄付が集まって<みすゞ募金>ができた。
その募金でネパールに小学校が2校建てられた。開校式には千葉みすゞの会からも3人が出席した。「3クラスしかない小さなかわいい学校でした。
そこできっと必死に覚えたのでしょう、みすゞの詩が日本語でうたわれました。こんな遠い国にもみすゞの優しさが伝わっていることに感動しました」と出席者の一人は話してくれた。現在はその募金を使って、医療活動も行われているという。
毎年、千葉でも矢崎さんを迎えて講演会が行われる。会員はコーラスで参加する予定。岡部さんは「みすゞを知らない人はぜひこの講演会に来てみてください。
そして自然を愛し、見えないものを見ようとするみすゞの感性に触れてください」と話す。