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今、トリノでは冬季オリンピックに続いて、世界の障害者アスリートたちが集う冬季パラリンピックが開催されている。注目を集めたカーリングも、パラリンピックでは車椅子カーリングとして競技が行われている。『市原ボッチャクラブ』では、1992年のバルセロナ大会からパラリンピックの正式種目になったボッチャを、競技スポーツとして仲間と楽しんでいる。
まさかスポーツができるとは思ってもいなかったという重度障害者から健常者まで、ボッチャはだれもが楽しめるバリアフリースポーツとしてヨーロッパで生まれた。日本には1980年代の後半に紹介され、8年前に日本ボッチャ協会が発足して以来、年々競技人口は増えている。
10年前から競技スポーツとしてボッチャに親しんでいた西平八郎さん(70)を代表に、それぞれ個人でプレーしていた川名美津子さん(60)と村上正男さん(69)の3人で、4年前クラブとして立ち上げた。声が出ない人、足が不自由な人、目が不自由な人など、様々な障害を持った15名のメンバーと7名の指導員が、毎週木曜日の午後、アネッサに集う。一緒に通う介助者も共に楽しむが、その多くがバリアフリースポーツの指導員の資格を取得している。「脳性マヒの障害者でも競技できるスポーツとして開発されたのがボッチャでした。ルールはトリノオリンピックで一躍人気となったカーリングとほとんど同じです。競技ボッチャは、障害の度合いに応じて3つのクラスと、脳性マヒ以外の障害クラスをあわせて4クラスに分かれて競技が行われます」と、審判の資格も持つ川名さんが説明してくれた。
2人1組で行う競技ボッチャは、決められたコートの中で目標球となる白いジャックボールを投げ入れることから始まる。ジャッジに従って、先攻が赤いボール、後攻が青いボールをそれぞれ6個投球して、ジャックにどれだけボールを近づけられるかを競う。これを4回戦い、合計した得点が多い方が勝ちとなる。一見単純のようだが、ボールを正確にコントロールする技術はもちろん、相手ボールをはじき出したり、防御したりと、双方のかけ引きは、まさに頭脳戦となる。
多くの交流会の他に、千葉大会、関東大会、全国大会、ジャパンカップなどの大会出場は練習の目標となる。今年1月に開催された『2006ボッチャジャパンカップ』では、両手が使えるオープンクラスで川名さんが銅メダルを、2番目に障害の重いBC2クラスで廣瀬隆喜さん(21)が見事金メダルを獲得した。マレーシアでの海外大会でも個人戦でベスト8、団体戦で銀メダルを獲得するなど、廣瀬さんにはパラリンピック出場の期待もかかる。「世界大会に出場できる選手が、うちのチームにいることが皆の誇りになっています」とメンバーは胸を張る。高校3年生の時から個人でプレーしていた廣瀬さんは、在住の君津にチームがないため、創部当初から市原ボッチャクラブに参加している。
現在、メンバーの目標は7月に開催される関東大会と8月の全国大会。「今年は両大会とも千葉が会場です。全国のプレーヤーと『今年もまた会えたね!』と顔を会わすのが楽しみです」と川名さん。廣瀬さんもジャパンカップ出場と世界大会出場をかけ、上位入賞を狙う。(国安)
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