住民と神様の堅い絆を
たどる巡行の舞
東金市・豊海県道のバス停『幸田』で降りると、澄みきった秋の空。ダダンダン、ダダンダンという響きは筋向かいの本光寺の本堂で打ち鳴らす太鼓の音。境内に待機していた山車からは鉦と笛の調べが…。10月22日の早朝、『幸田獅子舞』出発前の音合わせだった。巡行は午前8時半、本光寺境内の舞から始まった。
『幸田獅子舞』の起こりは定かではないが、江戸中期の享保年間(1716〜1735)に、徳川家康ゆかりの朱塗りの幸田橋が架けられた時、村人が獅子舞を盛大に演じて祝ったという記録が残っているという。
「幸田獅子舞(羯鼓舞)は風流系(民俗芸能の群舞)で、一人立ちの雄獅子、雌獅子、子獅子が三人一組になって舞う。身支度は襦袢とかるさん(袴の一種)姿で、腹に太鼓を付け、獅子頭を被るのが正装。舞う際に持つ採り物は、幣束、神楽鈴、刀等を使う。幸田ならではの舞として知られるのが『辻切り』です」と言うのは幸田獅子舞保存会会長・鵜沢秀司さん?。鵜沢さんは、幼い頃の山車の引き手から始まって、少年時代には太鼓や笛の囃し方、そして、青壮年時代には舞手と、『幸田獅子舞』のすべてを経験して来たので『獅子舞の生き字引』的存在だ。
巡行は、本光寺〜八幡神社〜熊野権現神社〜水神社〜幸田橋〜幸田公民館〜道祖神社等の境内や広場で舞を奉納。見せ場は、コースの途中で訪れる旧幸田村の数カ所の村境で、刀をかざして演じる悪魔祓いの『辻切り』の舞。その勇ましい動きや型を決める所作の小気味よさは、見る人達の胸の鼓動を速める。
巡行は昼食休みを挟んで約8時間の行程。先頭に3人の獅子、その脇に『辻切り』に使う日本刀や幣束等を大事そうに抱える子ども達がお伴衆の役目をする。続いて『幸田』と大書した提灯約20張りを回らせ、囃し方を10数人乗せた山車を操る引き手が約30人というささやかな編成で練り歩く。『ヨイサ、ヨイサ』の山車の綱を引く掛け声や笛、太鼓のお囃子が奏でる調べは、『東金ばやし』、『ばかばやし』、『大漁節』等、威勢のよい曲が多い。秋の穏やかな陽射しに包まれた田園地帯を渡る巡行には、町場の祭りのようなきらびやかさはなく、ゆるやかな時の流れを感じさせる鄙ならではの趣がある。
巡行者と住民や観客との温もりの交流にも心が和む。舞が終わると、子連れの母親がドッと獅子を取り囲む。子どもを獅子に抱っこや肩車をしてもらうと「神の加護で丈夫に育つ」とのご利益があるからだ。また、一行を出迎え、もてなす各所の住民達との笑顔の道端交流も微笑ましい。幸田に住む人々がずっと守り続けてきた祭りへの思いが見える伝統芸能『幸田獅子舞』(羯鼓舞)は必見ものだ。(井上)