県のほぼ中央に位置する長南町(人口約1万人)は、古代米でも知られる房総の米どころ。かつては城下町・宿場町として栄えた所だけに、笠森観音堂をはじめ、熊野の清水、能満寺古墳、芝原人形、長南袖凧等々、多くの文化財が残っている。
『坂本の獅子舞』もその一つ。事の起こりは、天保13年(1842年)秋の終わり頃。上総一帯、ことに坂本村に悪性の風邪が蔓延し、多数の死者を出した。当時の村民達は、村の庄屋の指示に従い、神通力のある天狗と獅子頭(2体)を作り、翌年の初寅の日に、悪魔・疾病祓いの祈祷と獅子舞で村の各戸を巡って舞ったのが始まりといわれる。
坂本神社の永代総代の古市儀勝さん(77)は「獅子舞の戸別巡りに初寅の日を選んだのは、『虎の威を借りて』悪魔祓いをしようという強者への期待感から。各戸では獅子に牡丹、竹に虎という取り合わせの良い模様の幕を張って出迎えた。獅子舞はその幕を潜り、口上を述べながら屋内の東西南北の四隅に至るまでお祓いをし、富貴万全・家内安全を願って舞ったそうだ。その後、この獅子舞は、天狗の露払いを先導に、『ぬの舞』、『鈴の段』、『剣の段』等から成り、獅子2人、天狗1人、大太鼓1人、小太鼓1人、横笛2人、鈴1人、下方1人の9人以上で演じ、毎年2月の初寅の日に行われていた」とかつて古老に聞いたという話をしてくれた。
戦前、戦後の一時期を除き、天保13年以来164年間続く歴史ある獅子舞として伝承される『坂本の獅子舞』。昨今は、数日を要する、約100軒の坂本地区の戸別巡りは廃止され、1月21日の初毘沙と春秋2回の例祭に神前で奉納されている。
10月15日に行われた秋の例祭は、町民のほか近郷からの参詣者も訪れ賑わったが、獅子舞とともに名高い『湯立ての神事』への参加も目当てだった。この日の神事を司ったのは宮司の宮田修さん(59)。元NHKの『ニュース7』という番組でお馴染みだったアナウンサー出身。「長南町に借りたセカンドハウスの大家さんがたまたま神職で、ぜひ後継者にと懇請され、定年後、神明にご奉仕する決意をした」と言う。
祭事は神輿の宮出し、祝詞の奏上と進み、本殿前の境内では、坂本地区の上、中、下各組の氏子達の囃し方が奏でる居囃子が鎮守の杜に響く…。そんな中、待ちに待った獅子舞と湯立ての場面に。伝統で下組(宮本地区)の長男が舞う決まりの『二人立ちの獅子舞』は、天狗が見守る中をゆるゆると舞う。優雅な趣だ。一差し舞った後、参拝者の頭、肩、腕等の悪い所を獅子に噛ませる諸病平癒祈願も人気の的。『湯立て』は、社頭にしつらえた炉に鉄の湯釜を二つかけて湯を沸かし、その湯を掻き回した笹の葉柄のしずくを参拝者に振りかける神事。宮司が行う清めの祈りだ。世相の乱れが叫ばれる中、この伝統の穏やかな祭りに心癒やされた一日だった。(井上)