NO.4

4・『浅間さまの七つ子参り』
の巻
 浅間神社(御宿町)

 近頃、昔返りの風潮が芽生え、わが国古来の行事や文化が改めて見直されるようになった。去る6月29・30の両日、御宿の浅間神社で行われた『七つ子参り』も、古い歴史と伝統に培われた祖先の息吹が感じられる祭りだった。
『浅間さまの七つ子参り』という呼び名で古くから東上総地方の人々に親しまれてきたこの行事は、浅間神社の例祭『水無月祓い』(夏越の祓・参拝者に茅の輪をくぐらせて祓い清める神事)の日に、併せて行われる男女7歳の子ども達の無病息災、学業成就を祈願する風習。神社の縁起によれば、「千余年受け継がれてきた習わし」だそうだが、大正2年6月に外房線が御宿駅を通るようになって、例祭には駅から神社まで人また人で大変な賑わいであったという。「私達が子どもだった頃、大相撲の興行もあり、とても賑やかだった。神前で神主さんのお祓いを受け、祝いのお神酒の一滴を舌先でなめた感触は、幼い頃の懐かしい思い出として今でも記憶に残っている。当時の賑わいにはまだ程遠いが、昨今、故郷の祖先が残してくれた素晴らしい文化に対する地元の人達の関心の高まりに『七つ子参り』復活の兆しを見るような気がしている」とは、新町区長で氏子である三木栄さん(76)の話。浅間神社は御宿中学校の裏手、高さ40メートル位の低い山の上に鎮座する。社殿まで砂質と腐植土が混じった小高い山道を登っていくと、途中に「目にかかる時やことさら五月ふじ」という松尾芭蕉の句碑や富士浅間講のたくさんの碑がある。この男山(祭神・木花之開耶姫命富士山の神)の県道を隔てた反対側が女山(祭神・磐長姫命)、昔は女人参詣のお宮とされていた。
『七つ子参り』本来の参拝の仕方は、春日神社で祈願後、御宿海岸の波打ち際で『剣祓』という身を清める『潮踏み』を行い、八坂に詣で1合目から4合目の女山を越えて10合目の男山に巡拝する。この日は、露店が並ぶ参道に入り、芭蕉の句碑を経て行灯や大瓢箪が飾りつけられた道を辿って行く人が多いようだ。子ども達の衣装も白い鉢巻きをし、白足袋はだしで裾まくりという装いで、神様に捧げる御幣を帯や鉢巻きに挟んで参詣するのが、その昔の正装。しかし、昨今は普段着7浴衣姿3の割合の様子だ。
 雨上がりの午後。月見草や紫陽花が咲く山上の境内は、次々に登拝する人で賑わっていた。宮司の井上信幸さん(59)手作りの大きな『茅の輪』をくぐって邪気をはらった後、お祓いを受け、土器(かわらけ)でお神酒を戴く子ども達の神妙な面持ちが愛らしい。若夫婦や爺婆に手を引かれた子どもの列ができていた。「七つ子参りの伝統の良さは、親から子へ、子から孫へと親子三代の生命を連ね、家族の絆と思いやりを深めるところに意義がある」と宮司さんは言う。夕暮れ間近の午後5時すぎ、境内の舞殿では宮元の新町の『子どもお囃子保存会』の祭り囃子が始まっていた。(井上)




 



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