NO.10

夫婦で訪ねた各地の街道と宿場
撮りためた写真と記録を
記念の一冊に

 市原市五井の眼科医・齊藤博さん(77)は、今年、日本全国の街道と宿場の伝承や歴史、風情ある写真をまとめた『街道と宿場』を自費出版した。約40年、土日や連休を利用し、全国各地を訪ね歩いたそのほとんどは、妻の泰江さん(76)との二人旅。使われている写真はすべて博さんが撮影したもので、現地では失われた風景となった貴重な写真も少なくない。今年は結婚50年、博さんは喜寿を迎えた。その記念として作ったこの本は、ふたりにとって数々の思い出の詰まった一冊だ。
 博さんが一番最初に訪ねた宿場は、信州・妻籠。学生時代に読んだ島崎藤村の『夜明け前』の舞台を見に行こうと、仕事が終わった後、一夜かけて車で向かった。観光地化されていなかった古い軒並みの佇まいと、店の奥で一眠りさせてくれた素朴で温かい人たちに、とても心惹かれたという。「昭和30年代半ば、京葉工業地帯が作られ、市原は急激に人口が増加しました。当時は市内に医師が少なく、父の跡を継いでいた私は、毎日大勢の患者さんの診察に追われ忙殺されていた。ところがこうした宿場へ行くと、侘びしくも懐かしい風景の中、ゆっくり過ごすことができ、癒される。それで夢中になりました」
 やがて、東海道、奥州など、足を伸ばすうちに、全国を巡ってみたいと思うようになる。写真にこだわり、天気や光の具合が良くない場所には再撮影に出かけた。地元の人に町の話を聞き込んで予定がずれ、再び訪ねることも度々だった。「主人は、それぞれの宿場に伝わる庶民の暮らしや歴史、民話などを追って、それは熱心に下調べをし、現地では地元の人に話を聞きに行くんです。写真も宿場の雰囲気を残すものにしたいと、道路が無人になるのや陽がかげるのを何時間も待ちました。撮影場所を探すのに、荷物を置いて飛んでいってしまうので、私が荷物番になることもよくありましたよ。でもそれもまた楽しかった。古いお店の軒先に佇んでいたら、声をかけてくれる人がいて、お話したりしました」
 突然訪ねて行ったにも関わらず、温かく迎えてくれた人たち。そこで暮らした人々の喜怒哀楽、その足跡を思い共感し、どれだけ感動的な風景があったことか分からないという。江戸時代のキリシタン迫害で多くの農民が死に、その子孫たちが残された古い十字架やマリア像へ祈りを捧げる長崎の島原・天草。遊女が4人身投げしたのを機に、味噌屋製造に転業した旅籠があった東海道の御油宿。寂れた路地、苔むした石畳、ひっそりと守られてきた塚や墓。ほとんどは博さんの車で行ったが、遠方では新幹線とタクシーで回ったこともある。「こんな所があったなんて知らなかったと運転手さんに言われたこともありましたね。私はしつこいタチだから、どうしても自分で見て、聴いて、撮らないと満足できなかったんですよ(笑)。医院を休むわけにはいかないから、時間との戦いではありましたけど。そのおかげで、何もない草むら、ただの荒れた山も、人々の思いが残されている私たちだけの名所になった。二人で感じ合うものは少しずつ違うけれど、お互いに学び合い教え合って、それぞれの世界を持っていることは良いことですね」「温かい眼差しで人の思いを受け止めようとする主人の姿勢は、私にとって尊敬できる部分。長い時間をかけ、何度も足を運び、ひとつの事をやり通したのはえらいと思います。私たちは同じ場所に行って、同じものを見て、記憶を共有しています。それを本にしたことで、二人の共感はさらに深まったと思います」
 載せきれなかった場所、写真もまだまだたくさん残っている。訪れていない宿場もある。博さんはまた計画を立てて宿場を訪ね、もう一冊まとめることも考えている。「道を楽しむ趣味、道楽とはまさにこれですよ」。博さんの言葉に、泰江さんが朗らかに笑った。ふたりの旅は、まだ終わりではないようだ。(米澤)

昭和37年頃の妻籠宿
60才の頃
旧甲州街道の石畳
板取宿の家並み
『街道と宿場』は市原市内の図書館・公民館に寄贈。オールカラーの写真は420点以上、全国40カ所以上の街道を紹介する。

 



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