菊田雅和さん(51)、海南子さん(51)夫妻は、市内にある企業の寮で住込みの管理人をしている。入寮者は、全国から単身赴任してきた40〜50代の男性約80名。給食会社からくる食材を調理して朝夕の食事を準備し、日中は接客や宅急便、出入りする業者の受付をする。平日は、必ずどちらかがいなければならず、土日は昼間を留守にしても、夜は必ず在宅。さらに入寮者が生活していく上で、困ったことがあればいつでも相談に乗り、世話を引き受ける。『いつまでも二人仲良く、管理人をやっていて下さい』と言われることもあり、充実している毎日だという。
多くの人と楽しく過ごすのが何より好き、という菊田さん夫妻が見合い結婚をしたのは、27才のときだ。「僕は、市川にある実家の和菓子屋の近くで喫茶店やとんかつ店、不動産業など、4店の経営をしていたんです。実家が代々、地元に根づいた商売をしていたからか、生まれつき商人気質。何か新しいこと、人と違う面白そうなことをやるのが好きで、実家の手伝いをしていてもつまらんなあと、調理師免許を取得して独立したんです。結婚するときは、明治生まれの父親に『何があっても離婚は許さん』と言われました」。一方、海南子さんは東京生まれ。サラリーマン家庭で育ち、デパートの外商部勤務。「同じ物を売るのでも、自営業と会社勤めはまったく別。主人の不動産業の事務や義兄夫婦が継いだ和菓子店の手伝いなど、家族や親戚みんなで働くのは初めてでした。特に和菓子屋では、彼岸のぼた餅作りや年末の餅つき、シーズンになると寝る間もないくらい忙しくて、みんなでワイワイ言いながらやってました。時間がないので、主人がつきたてのお餅に大根おろしや小倉餡をかけて食べさせてくれたり。大変だったけど、そうしたことがとても新鮮で、楽しかったんです。こういう生活もいいなあ、と思ってました」
娘が生まれた数年後、雅和さんは知人からハウスメーカーでの営業職を紹介される。面白そうだと思った雅和さんは、すべての店の経営から手を引いて転職、家族で佐倉に引っ越した。それでも、ひとつの企業で定年まで勤め上げる気はなく、いくつものハウスメーカーで営業を担当し、その縁で、建設業の社長がオーナーだった料理屋の支配人や、一流企業の研修センターでのフロントマネージャーを頼まれたこともあったという。「ひとつところにジッとしていられないのが主人の気質。店を売却して、まとまったお金を貯金していたり、生活に困るわけではなかったので、それはそれでいいかなと思っていました。大正生まれの母親の姿から『妻は夫についていくことが普通』だと思っていましたし、夫婦ふたりで楽天家ってことでしょうか」。気づくと雅和さんは20数年のサラリーマン生活。海南子さんは主婦として家庭を支え、娘さんが独立すると、休日にはふたり共通の趣味である美術館や博物館めぐりを楽しんだ。
今の仕事につながる転機は、約10年前。雅和さんの独身の兄が亡くなり、木更津に住んでいた兄の持ち家を管理することになった。「兄の家は、久留里線の近くで周囲が田んぼ。のんびりしてていいねえ、ということで引っ越してきました。持っていた調理師免許から、ハローワークで社員寮の通いの給食作りを紹介されました。2年経ってその寮での給食作りがなくなり、こちらに越してきてからの友人に、それなら夫婦で住込みの管理人はどうか、と紹介されたんですよ」。海南子さんは、住込みの仕事に多少の不安はあったものの、とりあえずは自分たちが楽しく生活できればいいと考えた。無理そうならまた考えよう、という雅和さんの言葉に、最初は3日、次に1週間と続けるうちに、やりがいを感じるようになったという。
朝5時半に食堂に来る人たちのために、4時に起きて朝食を作り、夜は10時過ぎまで残業をして帰ってくる人たちを迎える。酔っぱらって夜中に帰ってきた人が、玄関で鍵を解除する数字のコードが打ち込めず、寝入り端を起こされたり、急病人が出て病院へ連れて行ったり、家族が来て帰るときには駅に送ったりもしている。「単身赴任してきたお父さんたちは、家族と離れて寂しいんですよ。それに生活していれば、いろいろなことが起きるでしょう。中には本当にホームシックになって、やめた人もいます。だから、僕たちが『ここは大きな家族』と考えて、兄夫婦的に自然体で、あったかい雰囲気で助け合うのがいいんじゃないかと思ったんです」「二人とも人なつこい性格で、多くの人と関わるのが楽しく、苦にならないんですね。おかげで、共通の話題に困らず、二人三脚で頑張れる仕事ができて、幸せなんだと思います。それも、多くの人との巡り合わせ、いい人に囲まれているからですね」
夫婦、家族、他人といっても、人と人の関わりであることは同じ。人生をともに歩み、楽しく生きるには、「相手のことを思うハートがあればいいんですよ」と雅和さんは笑って言う。多趣味である雅和さんは、自称歌手としてカラオケで歌うボランティアをしたり、浮世絵美術鑑賞会を行ったりしている。近ごろはサックスも始めた。管理人を退職した後は、木更津の家で、すでに子どもたちに開放しているプレハブの書庫を活用し、二人で地域の人たちとの交流場所を作りたいと、夢を語った。(米)