NO.2

みんな元気が一番!
世代家族の食卓は
大切なコミュニケーション場

 伊鍔(いつば)家の朝は、台所を受け持つ重子さんが、2升炊き炊飯器のスイッチを入れることから始まる。「家族の食事と弁当で、毎日1升5合は炊きます。家が農家で良かったと思います」と笑う。23年前、大家族の伊鍔家に嫁に来て以来、毎日繰り返される風景だ。食べ盛りの男の子が3人もいる8人家族の食卓は、大皿に盛った料理もあっという間になくなる。

 4世代同居の伊鍔家は、皆が大きいおじいさんと呼ぶ1世代の宗吉さん(98)、2世代の幹雄さん(54)と栄子さん(66)、3世代の彰博さん(43)と重子さん(45)、そして4世代は長男の健太さん(22)、次男の康治さん(19)、3男の宏樹さん(16)と、圧倒的に男性が多い。
 稲作と果樹を中心にした専業農家の伊鍔家では、職場や学校に通う子どもたちをのぞいては、朝、昼、晩と、食事はいつも一緒だ。「子どもたちが大きくなってからは、全員揃う事の方がめずらしくなりましたが、食卓はできるだけ皆で共に囲むように心がけています」と話す。
 家族が多くなればなるほど、互いのコミュニケーションがとりにくくなるものだが、伊鍔家ではその心配はない。「おはよう」「気をつけて行っておいで」「おかえり」と、多くは話さなくても互いに声を掛け合うのが習慣となっている。食卓での会話も、子どもたちの職場や学校のこと、付きあっている相手の話など、若い世代の成長や将来についての話題が多くなるという。その日の仕事の段取りは朝食時に、明日の仕事の予定などは夕飯時にと、仕事の連絡も皆が集まる食卓で話すのが、一番よく伝わる。
「最近は、農家でも同じ敷地内に別棟を建てて、世代毎に住むケースが増えていますが、同じ屋根の下に住んでいるわが家では、自然に家族の様子も分かります。それに、居間や食堂を通らないと自分たちの部屋に行けない家の造りも幸いしているようです。子どもたちは、食事が済んでもすぐには部屋に上がらず、皆と一緒にいる事が多いですね」と重子さんは話す。それぞれの世代でライフサイクルは異なるが、帰宅が遅くなる時は待っている人に心配をかけないよう、必ず連絡を入れるのが暗黙のルールになっているという。
 3人の子どもたちは、祖父母や両親が働く姿を身近に見て育った。「私たちの背中をきちんと見ていてくれていたんだというのは、言葉や態度からも伝わってきます。昨年の稲刈りでは、私が腰を痛めて思うように作業ができなかったのを手伝ってくれました。本当に助かりました」と話すのは彰博さん。稲作と桃は彰博さんと重子さんが、梨は幹雄さんと栄子さんというように、基本的な役割分担は決めてあるが、忙しい時は互いに応援するのが伊鍔家のやり方。もちろん農繁期には、子どもたちも進んで手伝う。担い手不足が社会問題になっている農業だが、伊鍔家ではその心配もない。
「子どもたちが小さかった頃、私たちが畑に出た後は大きいおじいさんがオムツを替えて、面倒をみてくれました。3人の子どもたちは、家族皆で育てたようなものです。大きいおじいさんの耳がすっかり遠くなった今も、子どもたちは自然にコミュニケーションをとっています」。94歳になった宗吉さんは、今も身の回りのことはすべて自分でする。新聞に毎日目を通し、日記もつける。髪を整え髭を剃り、身だしなみにも気を使う。宗吉さんに長寿の秘訣を聞くと「怒ることなく、いつもほがらかにしていること」だと話す。
「家族が好き嫌いなく、何でも食べてくれるのが助かります」と重子さんが言えば「家事も仕事もお互い手の空いている人がやるのがわが家流」と栄子さん。また、地域活動にも家族それぞれの立場で積極的に参加し、地域コミュニケーションも大切にしている。大家族は、何事も互いに助け合う協力があって成り立っている。「家族が皆元気で健康でいられることが何より幸せ」と、10年前の家族写真を見ながら10年後の家族の姿を語りあう。(国安)

左から健太さん、康治さん、宏樹さん

 



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