長南町小生田。田園風景が広がる山裾にログハウスが建つ。都会の暮らししか知らなかった田中元子さん(45)が、牛100頭を飼う酪農農家に嫁いで来たのは15年前。ログハウスは、夫の田中隆和さん(46)と元子さんの暮らし方の象徴でもあった。3年前より、主治医から施設入所しか方法はないと言われた重症のアルツハイマーの母親を実家から呼び寄せ、共に暮らす。
隆和さんと元子さんは同じ大学の卒業生。「彼は畜産科、私は獣医科。でも私たちが知り合ったのは、卒業して10年後のことなんです。学生時代に知り合っていたら、多分結婚しなかったでしょう」と、元子さんの価値観や人生観は、卒業後大きく変わったという。
中高は都内の私立女子校、ブランド物のバッグに毛皮を着て登校する友人もめずらしくなかった学生時代。青春をバブル時代に過ごした元子さんは「個性があるようで、実はない世代だったと思います」と話す。自身の価値観にアンバランスさを感じていた時、共通の友人を介して隆和さんと出会った。「仕事に対する誇りはだれにも負けないけれど、スタイルなどまるでかまわない素朴さと、何時間もかけて新宿までわざわざ会いに来てくれるやさしさに惹かれたのかもしれません。後で酪農農家の忙しさを知り、よく時間が作れたと思いました」と笑う。
自然を身近に感じながら暮らせるログハウスは、互いの一致した意見だった。農地を宅地に地番変更する間と、両親が住む敷地内の離れで同居生活が始まった。「互いを屋号で呼び合う古いしきたりのある田舎で、自分勝手に振る舞う私は、父や母にとって宇宙人のようだったと思います。でも、私は、この自然豊かな環境がとても気に入っています。都会から泊まりに来る友人たちも、皆ここで元気になって帰って行きます」。ログハウスの構想を温めているうちに、長女菜都子さん(13)、次女茉璃子さん(12)、三女聖樹子さん(7)が誕生し、当初の計画より大きくなったログハウスが、5年前完成した。
実家の母親がアルツハイマーと診断されたのは、その頃だった。「どんどん悪化する病状に、面倒をみていた兄も限界でした。施設入所を迷っていた時、夫がここで一緒に暮らすことを提案してくれました」。呼び寄せた初めの3カ月間、家族は暴れる母、千葉さつさん(74)に振り回された。「どっかに捨てて来たい心境でした。可愛がっていた愛犬まで殺すと追いかけ回す母は、完全に自分自身を失っていました。どうしていいか分からない私は、牛を見せ、庭に連れ出し、近所の散歩に誘いました」。不思議なことに、しばらくすると、さつさんの症状はだれも信じられないほど落ち着いていった。
「お母さん、コーヒーが入りましたよ。僕はこれから牛舎に行ってきます。お母さんも今日1日楽しく過ごしてくださいね」。隆和さんは、毎朝こう言ってさつさんにコーヒーを入れる。さつさんは「ああ美味しい。昨日は泊めてもらってありがとう」と、牧場で搾った牛乳をたっぷり入れて、コーヒーを飲む。毎日繰り返される日課に元子さんは「ひとりでは頑張れませんでした。夫のやさしさをはじめ、子どもたちのフォローに私は甘え、そして助けられています。自然環境はもちろん、子どもたちや動物にも母は癒されているようです」と話す。
元子さんは嫁ぎ先に実家の母親を呼ぶ遠慮もあったという。「少し前の事も忘れてしまう母のことをこぼすと、田中の母は『さつさんは瞬間を生きているのよ』と、涙して励ましてくれます。ご近所さんも『年をとったら当たり前。何も特別な事ではない』と母を受け入れてくれます」。地域のつながりは、以前より深まったと感じている。
現在、さつさんは地域のデイサービスとショートステイを利用しながら過ごしている。「わがままな私を家族と友人たちが支えてくれます。無理をしたら続かないと思っています。いつまでこの暮らしが続けられるか分かりませんが、家族と地域の方々が母を受け入れてくれる間は、ここで一緒に暮らすつもりです」と、元子さんは家族や友人、そして自然豊かな環境のパワーのおかげと感謝する。(国安)