両後ろ足切断、右目負傷という重度の障がいを負った子犬が、昨年の夏千葉県酒々井の草むらで発見された。佐倉署に届けられ、数日後殺処分されることになった子犬の命を救ったのは、地域で活動する里親ボランティアの女性だった。ホームページで子犬の里親を募集していることを知った市原市に住む児童文学作家・今西乃子(のりこ)さん(41)とフリーカメラマンの浜田一男さん(48)夫妻は、未来と名づけられたその子犬を引き取った。「この子には不思議な力があるんです」と、今西さんは未来のことを本に書いた。12月中旬出版される『命のバトンタッチ』には、命の可能性と命の尊厳について問いかける今西さんのメッセージが込められている。
獣医になりたいと思っていた時期もあったという犬好きの今西乃子さんにとって、幼い時から犬は家族の一員だった。犬を飼うのが条件だったという結婚も、外資系の航空会社に勤務している時はあきらめていたが、フリーライターとして家で仕事をするようになってからコーギー犬の蘭丸を家族に迎えた。以来7年、児童文学作家として、現場取材をもとに出版した数々のノンフィクション作品には「ドッグシェルター 犬と少年たちの再出航」「フントの車いす屋さん」「チャチャはぼくのパートナー 自閉症児に光を運んでくれたセラピー犬」等々、犬にかかわる著書が多い。
「もう1匹飼いたいと思ってネットで探していた時、未来を見つけました。アメリカでドッグシェルターを取材したとき、障害のある犬を引き取った人のことも聞いていました。未来の場合、交通事故か、虐待か分かりませんが、左後ろ足には少し肉球が残っているので、不自由ですが歩けます。切られた左目は、寝る時に目が閉じないのでドライアイに気をつけてあげなければなりません」。最初、やきもちを焼いていた蘭丸も今は兄弟として未来を受け入れ、未来自身も自分が他の犬と違うことをしっかり認識しているという。
未来の不思議な力に今西さんが気づいたのは散歩の時だった。「犬を連れていると、いろんな人が話しかけてくれますが、未来を好きになってくれる子は、なぜか小さな子が多いのです。以前、公園で未来を待ってくれていた女の子は『未来ちゃんもだれかにいじめられたの?』と、私ではなく未来に話しかけました。その子の家庭事情はとても複雑で、がんばっている未来と自分を、重ね合わせているようでした。『未来ちゃん、あったかいね』と長い間抱っこしていましたが、普段なら逃げ出してしまう未来が不思議とおとなしいのです。お互い通い合うものがあったのでしょう。うちには蘭丸もいるよと言ったら『その子も未来ちゃんのようにやさしい心を持っていますか?』と聞かれ、おどろきました」と、未来は心が傷ついた子のセラピー犬の役を果たしていると思ったという。
今西さんは作家活動を続けながら、学校で子どもたちに家族のあり方や命について話す活動を続けている。子どもたちに一生懸命生きるということを伝えたいと、学校訪問は年間20回以上にも及ぶ。読書感想文の指定本にもなった今西さんの著書を読み、子どもから学校に来て話しをして欲しいと頼まれたこともあった。「子どもの自殺があちこちで報道されています。居場所がある子は死にません。あなたのことを思っている人が、こんなにたくさんいるということを伝えることが大事です。私は、著書を通じて子どもたちに自分自身を好きになろうというメッセージを伝えたいのです」
子どものいない今西さん浜田さん夫妻にとって、犬は家族同然。「学校だけでなく社会とのつながりも犬のおかげが大きいと思っています。未来を引き取ったのも、これまで自分たちが犬に与えてもらったものを、今度は私たちが返す番だと思ったからです。同時に、この子を幸せにすることは私たちの幸せでもあるのです。犬を飼っていなければ、ここまで多くのことに気づかなかったと思います」と、蘭丸も未来も社会に愛される犬に育てたいとふたりは話す。
今西さんの本には、いつも夫の浜田さんの写真がある。「今回は、いつもと違って父親が子どもの写真を撮るのと同じ心境でした。未来が、どう動くか分かっていますから、いい写真が撮れました。それに、未来が僕を信頼してくれているから、こんなローアングルでも撮れるのです」と、砂浜で元気いっぱい走る未来の写真を見せてくれた。(国安)