| 少年サッカーチーム『ときがねFC』監督の前嶋さんは、30年前に結婚を機に埼玉県から東金市に移り住んだ。現在、『山武郡市サッカー協会』事務局長、『千葉県サッカー協会』のブロック事務局長等、県内の少年サッカー関連の役員も務めている。
「『浦和レッズ』で知られる私が生まれ育った浦和は、昔から高校サッカーでも有名な土地でした」と話す前嶋さん。
幼い頃から、サッカーボールを蹴り、学生時代はサッカーチームでボールを追った。就職してからも、かつての仲間達と休日のたびにサッカーを楽しんだ。
でも、東金に越してからは毎日都内まで通勤し、休日ごとに県外へサッカーをしに行くことに疲れを覚えた。「それで、子どもが好きなので地元で少年サッカーチームをと考えたわけです」
当初は子ども会の活動として始めた。町の小学校のグランドを借りて、サッカーの練習をしていたが、小学校のサッカー部のコーチをと頼まれ、部活動の指導をするようになった。
「それから、県内の少年サッカーの関係者と知り合い、クラブ運営のノウハウを学びました。学校の部活動としての少年サッカーに限界を感じていたので、いわゆる社会体育としてのサッカークラブをつくりたいと思いました」
そして、1981年に『ときがねFC』が発足した。
「とはいえ、サッカーが好き、子どもが好きなだけではクラブをやっていけない。子ども達相手にどう接し、指導していくべきか、教育関連書を読み独学で勉強しました。すると、学校教育の枠内ではできないものを目指さなければと、自分の考え方がはっきりしてきたのです」
前嶋さんは少年サッカー選手を育てることは、自分で判断し行動でき責任を持つことができる社会人の育成に共通するという。
「あくまでも少年サッカーは楽しくなくちゃ。その中で、いろいろ考えさせること。試合が始まったら、子どもが状況判断しなくてはならない。人に言われて動くのでは遅い。自分で考え、動き、その結果に対しても責任を感じるような子どもに育てないと」
現在、クラブ員は70人。年齢は幼稚園児から小学生。昨年春に開催された県大会では、小学校5年生チームの部でベスト4入りした。
昨年から中学生対象の『ジュニアユース』も始めた。30人の中学生をプロのコーチが指導する。
「今の日本サッカーの一番の問題点は中学生の指導。中学生となると体力的にも技術的にも私達には十分な指導は難しい。学校の部活動でも同様で、経験の乏しい顧問が生徒を引っ張ろうとしても伸びようとする子どもの要求に応えられない。そして、小学生時代に実力をつけたのに、中学生になり伸び悩んでしまう。だから、うちのクラブではプロに任せているのです」
20年、子どもと関わってきて子どもを取り巻く環境の変化に憂慮する。子どもの本質は変わらないが、テレビやパソコン等の室内ゲームや様々な遊びが少年スポーツをやろうと思う気持ちを阻んでいるのではと考える。ここ10年以上、社会問題にまで発展したひきこもりや不登校が増えた現象を思うと、子どもを取り巻く環境を改めて考えなくてはと実感した。
そこで、9年前、退職を機に地域の不登校問題に取り組んだ。「退職金をはたいて自宅の敷地内にプレハブを建て」活動の拠点とした。『東金フリースペース・こどもの家』と名付け、『不登校を考える会』や、まだ東金に学童保育がなかったので、その必要性を感じ『学童保育を考える会』を立ち上げた。これに市長が賛同し、昨年、市内全域に学童保育の場を設けた。
「もっと子ども達が健全に楽しく生きられるような地域社会をと願って始めたこと。行政がやるようになったので、『こどもの家』の学童保育は役目を果たした」と前嶋さん。
『ときがねFC』では、サッカーの練習や試合だけでなく、クラブ主催で大会を開催したり、クラブ内のコミュニケーションをはかるため、バーベキューパーティを催したり、バスを仕立ててJリーグ観戦に行ったりする。
スポーツは実力の世界であり競争の社会でもある。だが、前嶋さんは「そして、互いに助け合う社会でもある」と言う。「人を踏みつけにして足を引っ張り合うような社会ではない。競い合いながらも助け合う社会だと思っています」
上手・下手はあっても子ども達ひとり一人に持ち味がある。各自の特徴を生かし上手く組み合わせることがコーチの務めとも。
「人間は何か得意なことがあれば、それを認めてほしいと思うもの。子どもも同じ。だから、誉めるところがあれば率直に誉めます。それで子どもが自信を持ち、他のことにもチャレンジしてくれたらいいなと思います」
子ども達の話をする前嶋さんの表情は柔らかい。これからもサッカーを通じて子ども達と関わっていきたいと話す。 (内田) |