NO.15

『ありがとう あなたが側にいるから頑張れる』
家族の支えで難病と闘い、
その時々の感動を詩と絵画に…

中山節子さん/茂原市


    出会い
    人にオギャーと生まれて
    出会いの回数が在るとするならば
    私はだれよりも沢山の出会いをもらったような気がする
    一番の掘り出し物は、決してブランド品ではないけれど
    お父さん
    一人で外に行けなくても風が運んでくる
    世の中もまんざら捨てたもんじゃないよね

  
  
  『泣きたい時/なぐさめられるとよけい涙が出るけれど/本当は一緒にいてくれるだけうれしいの』
  中山節子さん(55)が自分で描いた絵に添えた詩だ。難病・ベーチェット病の中でも特に重症型といわれる神経ベーチェットに罹りながら、「病気になって、いっぱい愛情をもらった」と屈託なく笑うその顔は、驚くほど穏やかだ。
  節子さんが発症したのは29歳。当初は関節炎や潰瘍、発熱といった初期症状だったが、33歳で眼病変となり視力をほとんど失う。
  入退院を繰り返すなか、45歳、中枢神経を侵される神経ベーチェットに。一命はとりとめたが、四肢の運動麻痺や脳神経麻痺など特有の症状が残り、退院後に待っていたのは若干の言語障害と車椅子生活だった。
  「どうして私だけがと。これからの生活を考えると、果たして生きていて良かったのかと思いたくなることもありました」
  そんな節子さんの気持ちを徐々にほぐしたのは、家族や周囲のさり気ない温もりだった。例えば、ヨーグルトを食べようとすると蓋が開けやすいようにと1cm開いている、あともう1cm手が伸びたら目の前の物に届くのにと思うと横から手が伸びてくる「1cmの優しさ」
  『困る事もたくさんあるけれど/人には判らないような思いやりをもらって得もした』
  そうして、50歳。「その時その時の感動を素直な気持ちで書きとめようと」リハビリを兼ね、詩作にチャレンジ。不自由な手と目ゆえに、最初は線と丸さえかけなかった。
  努力を重ねて数々の作品を生んでからは、ぬり絵を経て、絵画に行きついた。
  四季折々の花を題材とした自己流のパステル画。花びら1枚を虫眼鏡でやっと見て、あとは想像、心の目で描いていく。仕上げに、絵を描きながら感じたことを詩にして添え、ご主人にプレゼント。その出来は、NHKの千葉放送局の誘いで個展を行ったほど完成度が高く、心に訴える。
  「お父さんに見てもらえればいいの。お父さんがいるから生きられる。お父さんは立派よ」。愛し合ってるんですね、と尋ねると「そんな簡単なものじゃないのよ」
  ご主人は、自衛隊を定年退職後、4年前、都内の会社に再就職した。茂原に現在の家を新築し転居したのもその時。
  今は、常に笑顔を絶やさない妻のために毎朝4時半に起きて家事をこなし、ふたりで朝食をとり、節子さんの昼食用のお弁当を置いて出勤。夕方帰宅した後は、夕食の支度と節子さんの世話。昼休みに節子さんに電話をかけるのも大切な日課としている。
  また、週末はふたりでいろいろな場所に外出。節子さんの絵をパソコンにとりこみ絵はがきにしたのも御主人のアイデア。だから、節子さんの将来の夢は「ふたり一緒だったら、それだけでいい」
  自分に負けそうになった過去を振り返り、「なんてバカで愚かだって気づいた時、遅くても切り替えが必要」という節子さんは、「いばらの道で見つけた心の安らぎ」と添えた絵を見ながら、「静の世界もいい」と言う。  
  「確かに、景色が見えたらいいなと思う時もあるけれど、病気になったから詩や絵と出会えた。やりたいこといっぱいできた」
  既に結婚して独立している二人の息子さん、近所の人たち、友達なども頻繁に訪れる。
  知人が善意で作ってくれたという詩集のあとがきに、節子さんはこう締めくくっている。
「このおまけの人生、今考えると、この豊かなふれあいこそ神様が私にくれた最大のプレゼントのように思えます。ありがとうでは足りないけれどあなたに出会えて私は幸せです。/今日もありがとう」  (富川)



  



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