あけましておめでとうございます
ひとりぼっちでは、生きていくことも存在することさえもできない私たち。シティライフの2002年のテーマは『絆・きずな』です。生きていく上で、断ち切ることのできない人との結びつきを通して、今を支え合って生きる方々を紹介します。
元旦号では、木更津市真里谷(まりやつ)にある児童養護施設『野の花の家』の花崎みさを園長に“愛すること、愛されることの大切さ”を語っていただきました。
(本当の「家族」という意味)
児童養護施設『野の花の家』では、親の様々な事情で大人に養育してもらえない2歳から18歳までの子どもたち40人が暮らす。子どもたちにとって、ここは2番目の家。園長の花崎みさをさんは、子どもたちから“園長ママ”と呼ばれている。
離婚、児童虐待、DV(ドメスティックバイオレンス)、家庭が崩壊するなか、子どもたちはここへやって来る。昔、児童養護施設のことを孤児院と言っていたが、親がいるのに施設で暮らさなければならない今、その呼び方はふさわしくない。「子どもを預かることになったとき、両親と話しますが、夫婦間が互いに理解できていない場合がとても多いですね」と花崎さんは話す。
1人が2人になって社会の最小単位である家庭を築くということさえ、困難な若い人たちが増えている。複数になるには、相手に合わせ、思いやることが要求される。妥協点が見いだせないで夫婦が形成できないまま、子どもが生まれる。結果、様々な問題が発生して、育てることができなくなる。花崎さんは、両親それぞれに「あなたはどうやって育ちましたか?」と聞くという。愛情たっぷりに育ったのか、それとも愛情に飢えて育ったのか。家庭の温かさを知らないで育った子どもが大人になったとき、同じく家庭が築けないことが多いからだ。
「私たちはここに来る子どもを通して社会を見ています。今の様々な社会問題の結果が、子どもたちに集約されています。それを背負って子どもたちはここに来ているのです。愛されて育ってきた私たちに“愛されていない”という実感がどんなものか想像できません。子どもがどんなに苦しんでいるかは、はかり知れないのです」。
実父の再婚相手の継母と折があわず、父親がすぐそこにいるのに『野の花の家』に預けられた少女がいた。高校卒業後、彼女は就職して結婚した。女の子を1人産んだが、結婚生活は破綻し、今はその子をひとりで育てている。彼女が『野の花の家』にいた時、父親は面会には来てくれたが最後まで彼女を家に連れて帰ろうとはしなかったという。彼女は今でも父親を許すことができないでいる。「心も身体も使わず、心の通い合いのない親子はうまくは行きません。血縁だけでは、親子にはなり得ないのです」と花崎さん。
義理の父親による性的虐待、母親の心的ストレス、育児能力そのものの欠落。親が子どもを育てられない理由は様々だが、父から息子へ、母から娘へ、親から子へ孫へと伝えられてきた人間関係のあり方や生活、文化を断ち切ってしまった結果が表れている。とりわけ子育てに関しては、その影響が大きいという。花崎さんは家庭の機能を次のように考える。
・ どんな時でも自分のことを受け止めてくれる大人がいること。
・ あるがままの自分を出して、リラックスできること。
・ 人として社会人として大事なことを学ぶ場であること。
「家庭は、にわかに築けるものではなく、毎日の積み重ねです。そして、その団らんのなかで子どもの心は育まれていくのです。親子の絆は、血縁ではなく共に過ごした時間の長さです。心と身体を使った積み重ねが子どもに通じた時、親子の認識が生まれるのです」。
(私だけを愛してくれる人が欲しい)
◆家庭が果たす役割
家庭を知らないで育った子は、得てして社会に出てから結婚するのが早い。「みんな自分だけを愛してくれる人が欲しいんですね。ここではみんなと一緒。先生も私だけの先生であって欲しいけれど、そうではない。たとえ自分の家があっても帰ることができる家庭はない。だから自分だけの城が欲しくなるんです。ただ、愛情たっぷりで育った子どもは、人を許したり、協調しながらコミュニケーションすることができますが、ここの子どもたちは人との付き合い方が下手だし、難しい。だから社会に出て結婚しても失敗する確率が高いのです」。家庭から学ぶことの多さ、大切さを思い知らされる
『野の花の家』では、10人の子どもたちと3人の先生でひとつのグループを作っている。より小さな単位で家庭に近い環境を作るためだ。しかし、それは本来の家庭の形とは違う。そこで、学校が長期の休みになったとき、子どもたちは地域の家庭へホームステイする。開園して間もなく、花崎さんが地域へ理解を求めたのが始まりだった。今では受け入れ家庭も50家族に増え、休みになると園のほとんどの子どもたちが出かけて行く。同じ子が同じ家庭へが基本なので、2、3日の連休でも出かけて行く子もいる。「人間関係の少ない子どもたちですから、地域のみなさんが受け入れてくださることで初めて家庭や、地域を体験できるのです」。ホームステイ先から、そこの友人宅や田舎の親戚に行くことが、また良い体験になるという。
◆自分確認のためのルーツさがし
中学に入学する年齢になるころ、子どもたちは「ねえ、おかあさんさがして」と、花崎さんに訴えるという。「自分自身のルーツを求めたいのです。いったい自分はどんな親から生まれたのかを知り、理解したいという気持ちがそのような言葉として表れるのです。親に捨てられたという思いしかなかったなら、あまりに残酷です。これから先、立ち上がって行くために自分を検証している時期なのです。その時に改めて私たちは“あなたを愛している。そして、あなたのことをどんなに心配しているか”ということを伝えます。そうすることが、子どもたちの生きる土台となるのです」。
ルーツを求める子どもたちの気持ちも親子のひとつの絆、大切にしてあげたいと花崎さんは考える。生んでくれたお母さん、育ててくれたお母さん、子どもたちは真実を知ったうえで自分を認め、次へのステップとする。
◆社会、地域が支える里親制度
花崎さんが児童養護施設『野の花の家』を開いたきっかけは、インドシナ難民として日本に来たベトナムとラオスの子どもたちの里親となったことだった。国境を越えて日本に来た子どもたちと、家族として、親子として共に暮らした17年間の日々のなかで花崎さんは「子どもは愛されているという実感を持つことで必ず人として歩いていける」という確信を得た。本来、子どもが育つ環境としてベストなのは家庭。しかし、日本には里親がなかなか育たないという事情がある。「里親さんたちに気持ちがないわけではありません。基本的にいけなかったのは子どもをひとりの人として認めなかったことです。難民として来た子にはいろいろな事情がありました。前の政府の役人の子どもであったため父親は殺され、家財は没収。母親は子どもを船に乗せて外国へ出しました。また、経済難民といってあまり歓迎されなかった人たちもいました。アジアの子どもたちは、親をとても大事にします。自分の親を助けないといけないと思っています。日本の里親のところへ来ても自分の親を忘れるわけではありません。“食事も言葉も友達もベトナムのことは一切ダメ”と、日本の里親は言います。子どもたちはどんなひどい目に遭わされても親がいいのです。その思いを大事にしてあげなければいけません」。子どもたちを規制したり束縛することでうまくいかないケースが多いという。
里親制度は“一人ひとりの子どもの自主性を大事にしながら、自立する手助けをする”このような気持ちで向き合うことが大切という。特別な施設だけではなく社会全体が、育てる親のいない子の受け皿になり“子どもは社会で育てる”という意識が地域に求められる。虐待など社会問題化している事情を抱えた子どもは、ケアが難しい。そのためには里親を育てるシステムづくりが必要だと、花崎さんはいう。里親は子どもを受け止める勉強をし、地域は精神科医、カウンセラーなど、施設を含めた専門家がネットワークを組んでサポートしなければ、里親制度は実現しない。「私たちの力なんて、ほんの小さなものです。私の場合、自分に力がないので最初から地域のみなさんにお願いしました。それを受け止めてくださっているのでとてもありがたいと思っています」。
私財を投じて『野の花の家』を開き、大人の身勝手で不幸を負わされた子どもたちを、わが子同然に愛情を注いで育ててきた花崎さん。しかし、どんなに頑張っても小さな家庭のあり様を再現することはできないという。当たり前と思っている今の私たちの普通の暮らしが、どんなに幸せで大切なものかを認識させられる。花崎さんがわが家と呼ぶ『野の花の家』を巣立った子どもたちは、この15年間で150人。「私ひとりではなく、職員をはじめ地域のみなさんの気持ちがひとつになってはじめて可能になることです」。みな、野の花のように、たくましく生きて花を咲かせてくれることを願う。 (国安)