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小さな命の誕生を見守って
家族とともに乗り越えた1年間

 「子どもを産んだことで、家族はとても大切なものだということを知りました」と話す、大山ひょなさん(29)。ひとり娘のあかりちゃん(1歳6カ月)は、3カ月早産で誕生した881gの超未熟児。自然分娩したら死産になると、帝王切開で出産。あかりちゃんは仮死状態、救急車で千葉の病院に緊急入院となった。ご主人の拓成さん(29)は「それまで経過は順調だったので、驚きました。でも、ここで自分たちが頑張らないと、お腹のなかの赤ちゃんは死んでしまう。とにかく手を尽くして、生まれてこようとしている命を助けたいという思いでいっぱいでした」と話す。
 あかりちゃんは肺がまだできておらず、自発呼吸もできない。脳の出血もあった。最初の1週間は危機の連続。だが、両手に乗ってしまうほどの小さな命は、障害が残るかもしれない症状を克服し、一命をとりとめた。
 ひょなさんはあかりちゃんに会おうと、手術後三日で退院。家族で花屋を営んでいたため、兄夫妻の協力で、ご主人と毎日病院に通うことができた。あかりちゃんは保育器のなかで人工呼吸器と手に点滴をつけていた。菌を持ち込まないようにするため、入室するには消毒や着替えが必要だった。もちろん抱くことはできない。保育器のなかに手を入れて、少し触れるだけ。一緒にいられるのは1時間程度だった。「あかりはまだ体ができていない。何が起こるかわからない。ちょっとした変化も知りたくて、病院に行かずにはいられませんでした。看護婦さんたちにも『親が来ると分かるのよ。いっぱい話しかけて触れてあげて』と言われました」。チューブにつながれているあかりちゃんが可哀想で、不安で泣いたり、体重が増えて喜んだり、毎日その繰り返しだった。
 あかりちゃんは、やがてチューブで絞った母乳を飲むようになった。しかし、自分で飲む力が足りず、最初は0・1gという量だった。根気よくわずかずつ量を増やし、2カ月後、ひょなさんは、初めてあかりちゃんを胸に抱くことができた。「30分くらいでした。けれど、それまで、私にはあかりを見守り、元気で育つようにと願うことしかできなかったので、嬉しくて嬉しくて、泣きました」
 新生児室に移り、初めて姉たち家族の対面もかなった。自由に抱けるようになったが、本来ならば、まだ母体の中にいる時期。心拍数なども目が離せず、呼吸を助ける細い管が鼻からとれなかった。ほ乳瓶であげる母乳もまだうまく飲めなかった。それでもあかりちゃんの体重は少しずつ増え、誕生して約4カ月、無事退院することができた。
 「毎日不安で、精神的に辛かった私を支えてくれたのは、主人や母、姉たちでした。私やあかりのことを心配して、病院に行った私に毎日携帯をかけてくれたり、退院してからは、みんなであかりの面倒を見てくれたり。私も、こんな小さい子が頑張っているんだから、という思いもありましたが、それでも何かあったら、障害が出てしまったら、という不安が拭えなかった。いつもあかりの体重を量って神経質になっていました」。家族全員がひょなさんとあかりちゃんを心配し、成長を見守った。そして、「よく様子を見るように」と医師に言われていた1年が過ぎた。あかりちゃんの1才の誕生日、ひょなさんたちは、とりあえず不安から解放され、家族全員でお祝いをした。
 「家族みんなで見守ってきたあかりの命は、私の命より大切なもの。親子、家族は、ひとりひとり大切な深い繋がりがあるのだと、本当に強く思いました」。今、あかりちゃんはハイハイをして家の中を活発に動く。ひょなさんたちは、あかりちゃんが未熟児だったことを気にしていない。成長が遅くても、3カ月誕生日を遅らせて考えればぴったり、と笑う。不安な毎日を家族で乗り越えたから、この先は何があっても大丈夫、とひょなさんは姉とよく話しているという。 (米)


姉のすなさんと息子の未路(みろ)くん(左)、ひょなさんとあかりちゃん。
近所のアパートに住むが、毎日実家に来て一緒に過ごす。
未路くんとあかりちゃんは兄妹のように育っているという。

  



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