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五  井 上 総 村 上 海 士 有 木 上 総 三 又 上 総 山 田 光 風 台 馬  立 上 総 牛 久 上 総 川 間
上 総 鶴 舞 上 総 久 保 高  滝 里  見 月  崎 飯  給 上 総 大 久 保 養 老 渓 谷 上 総 中 野
市民の足として
小湊鉄道は五井から房総半島を横断するように、養老川に沿って山あいをのどかに走っている。五井駅を発車してまもなく街の騒音がはたとなくなり、緑豊かな田んぼが続く。自動車が今のように多くなかった時代には、この鉄道が住民唯一の交通機関として、産業文化の発展に大きな貢献をしてきた。  大正14年3月に五井〜里見間が開通し、次いで大正15年9月に月崎まで、昭和3年5月に終点の上総中野まで到達した。しかし終点まで18駅どこにも小湊という文字は見当たらない。なぜ小湊鉄道という名称がついたのだろう? 不思議に思い小湊鉄道開通の歴史を探ってみた。  大正2年11月26日、五井から鶴舞を通って外房の安房小湊へ至る房総横断の鉄道が計画された。しかし第一次世界大戦が始まり、鉄材の高騰や諸物資の不足などのため、すぐに工事にとりかかることが困難な状況だった。大正12年になって、ようやく用地買収が始まり、翌13年の1月に五井を起点に工事が始まった。しかし工事を進めるうちに、標高383mもある清澄山の険しい山塊につき当たり、トンネルを掘らなければ鉄道を通すことができなかった。当時の工法技術では難工事が予測され、経費も多額になるため、上総中野を終点としてその先の敷設は中止せざるを得なくなった。小湊鉄道という名称は、当初の目的地であった安房小湊の名をとったものである。  現在、小湊鉄道は18駅39・1ワを約1時間10分かけて走っている(1日28往復、そのうち13往復は牛久止まり)。終点の上総中野ではいすみ鉄道と接続する。大正時代の駅舎がそのまま残っている駅もあり、作品にとりあげる画家も多い。また近年では、ドラマやコマーシャルでTVに登場することも多く、話題のローカル線となっている。     


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