NO.9

 夢の実現のために
 
 小出義雄さん
(佐倉アスリート倶楽部代表)

 小出義雄さん(66)は、バルセロナ(1992)、アトランタ(1996)五輪で連続メダルを受賞した有森裕子、そして、シドニー五輪で念願の金メダルを獲得した高橋尚子をはじめ、多くの名選手を育てているマラソン界の名伯楽。ランナーの人物と素質を見抜くコーチとして定評のある小出さんが、母校の山武農高で熱く語った講演『夢の実現のために』から、その指導術をまとめてみた。 
(井上)
☆選手たちをより強くするコツ
 私が日頃考えていることは、選手たちをより強くすること。それが指導者に与えられた唯一の使命だと思っている。そのために必要ならば、管理だろうが放任だろうが手段は選ばない、というのが私の主義。私は選手たちを、より速く走らせるプロなのだ。要は結果が全てで、結果を出さないことには何も言えないというのがスポーツの世界だ。私の経験から言えば、選手が強くなるのは、彼女たちがどのような状態に達した時か、ということだけは分かっているつもりだ。多くの選手たちを指導してきて学ばせてもらったものだが、何ということはない。選手をやる気にさせること。選手自らに私は強くなるとの自信を植え付けること。それ以外にはないのだ。
☆ほめることの大切さ
 では、どうすれば選手をそういう気持ちにさせることができるのか。まずはほめること。女子選手たちを指導するうえで忘れてはいけない原則だ。どんな選手でも、必ず一つはいいところがあるもの。私は、そこを素早く探してほめるようにしている。実は、このほめることの大切さは、かつて勤めていた市立船橋高校の市川先生に教えていただいたことだ。その教えが選手の心をつかむのに非常に役立っている。選手との付き合いは、ほめることから始まるといってよい。選手の心に一歩近づけるからだ。たとえば、マラソンの初挑戦で失敗した選手がいたら「よく完走したなあ。初めてでここまでできれば十分だ。練習を積めば次は2時間30分を切れるぞ」とほめてやる。初経験の選手に、失敗を叱ったり責めたりしたら、そのショックから一生立ち上がれなくなることだってあるからだ。
☆繊細な気配りが必要
 女子選手は男子に比べてよりデリケート。ちょっとしたことで嫉妬したり、すねたりしてやる気をなくすことが多い。指導者は、それをうまくコントロールするために、細かい気配りが必要になる。私は選手に面と向かって、お前よりあいつの方が強いとか、見込みがあるなんてことは、口が裂けても言ったことはない。女の子同士のライバル意識は男子の比ではない。心の底でいつもくすぶっており、それに火がつくと駆けっこどころではなくなるからだ。私は、よく食事に選手を誘うことがある。不調な選手に気分転換をさせる意味で必要なことだ。時には、飲みに連れていくこともある。「お前の足には素質がある」「お前は才能に満ちあふれている」などと気炎を上げて選手の心をつかむのだ。そして、この子はもう私から離れないと思ったら、その翌日から猛烈な練習をさせる。
☆走ることに夢を与えよう
 よく人は現代っ子を評して「ハングリー精神がないから弱いんだ」と言うが、私に言わせれば間違いだ。「昔のような根性がない」などと言う指導者は、自分が無能といっているようなもの。豊かな現代に育った選手たちを、どのように強くすることができるのか、と考えるべきなのだ。現代を生きる選手たちを苦しい練習に耐えさせるにはどうすればいいのか…答えは簡単だ。走ることに夢を与えてやればいいのだ。もちろん、そのためにはあらゆる工夫がいる。「何のためにこんな辛い練習を…」といった気持ちを捨てさせ、「とことん練習についていくぞ」という気持ちにさせることが根本。私も66歳。わが人生を振り返ってみても「箱根を走りたい」「駅伝で日本一を取らせたい」「オリンピックで勝たせたい」など、行く手の夢を実現してこれたからこそ、ここまで来れたのだと思う。だとすれば、今の選手たちも同じこと。夢、つまり走るための動機づけが必要なのだ。もう一つ大切なのは「本当に強くなりたい」と心底から願う選手に育てることだ。

 

 



(C)City Life