岬町は、県内では鴨川と並びサーフィン発祥の地と呼ばれ、千葉県夷隅郡岬町を知らなくても、『太東』や『いすみ』の地名は知っているというほどサーファーの間では全国的にも有名なサーフポイントがある。
「いい波がたつ」と、年間通じて首都圏はもちろん各地からサーファーが集まってくる。また、海沿いに建つアパートの入居者の約9割はサーファーだといわれ、町内だけでサーフショップをはじめサーフィン関係の事業所は20を超える。
その中のひとつ、国道沿いにある『タニーサーフ』は県内初のサーフショップ。オーナーの大谷秀美さん(42)の父親が、40年前、在日米軍人らが岬町でサーフィンを楽しむのを見て「これは面白そうだ。ひょっとしたら観光の目玉になるのでは」と思い体験してみた。そしてサーフィンに魅了され、37年前サーフショップを開業し『岬サーフィンクラブ』も創設した。
その頃が日本でのサーフィン1次ブームの始まりで、2次ブームは70年代後半から80年代半ば。そして、少し低迷した時期を経て現在、3次ブームとなる。
ところが、岬町のサーフポイントは、昔を知るサーファーによれば離岸堤や防波堤が建設され「波質が悪くなった」という。また、以前は専門ショップでなければ買えなかったサーフボードが量販店等で気軽に買えるようになり、サーファーの裾野が広がったものの、ゴミや騒音等の問題も非難の対象となった。
そこで、10年前、父親が他界すると大谷さんはビジネスだけでなく「サーフィンでまちおこしを」という遺志も引き継ごうと行動に移した。
それには、どうしたらよいか。当面の大きな課題は、サーフスポットを守ること。かつてのように「いい波」がたち、危険のないスポットを復活させるには、テトラポットなどの離岸堤の一部を外してもらう。
そして、サーファーの受け入れ体制を整えること。ハード面ではトイレやシャワー、更衣室等の設備の完備。ソフト面では地元住民のサーファーやサーフィンに対する理解を得ること。かつサーファーのマナーやモラルについての啓蒙活動を行うこと。
最初は観光協会や商工会の総会等で、「海に遊びに来る観光客に、もっと理解して受け入れて欲しい」と訴えた。極力、サーファーという言葉を避けた。「サーファーイコールうるさい、汚い、地元にお金を落とさないというイメージがあったので。でも、サーフィンを愛する人間はけしてゴミを捨てたりはしない。皆、自分達の海を守りたいと思っている。だからビーチクリーンなどと謳わなくても日常的に心掛けている。マナー違反をするのはサーファーでなくイマドキの若者」
同時に、大谷さんはサーファーがもたらす経済波及効果の可能性についても「コンビニやフランチャイズのレストラン、民間の食堂、宿泊施設等でサーファーがお客となり潤って活気のある町はたくさんある。常に変化してゆく消費者のニーズを知り、それに応じた商売をすれば集客はできる」と皆に話し続けた。
テトラポットの一部を外して欲しいと、有志で地元選出の国会議員や町長に直談判したり土木事務所に出向いた。全国の同業者と手分けして数万人の署名を集めた嘆願書の提出も。
行政に働きかけるだけでなく貢献もと、3年前から商工会や観光協会の役職にもついた。そこで「有志など個人より団体の声の方が行政は受け止めやすい」とアドバイスを受け、昨年、組合発足を決め準備を進めた。そして今年4月、「この町でサーフィンが楽しまれ愛され続けるよう、自然環境を守りながら海浜地域の振興と発展を目指す」ことを目的に掲げ町内のサーフショップ、サーフボードやウエットスーツ製造工場等の経営者ら20人で『岬町サーフィン業組合』を設立した。設立総会には組合員の他、町長や商工会長、観光協会長等も出席し激励の言葉を贈った。
まずは地元の人達にサーフィンの楽しさを知ってもらおうと、町と協力して7月と8月に小・中学生を対象にしたサーフィン体験教室を開催する。「海は夏に海水浴するだけの場とか、危険という考え方は日本独特。欧米では海は癒しの場であり自然を楽しむ場。海という自然と一体化してサーフィンするなかで、ルールやマナー、モラル、自然の大切さ、人との関わり合いなどを学びとれる。海は子どもにとって教育の場であり、その道具としてサーフィンをということなのです」
全日本大会も開催したいが、宿泊施設が整っていないためできない。昔は現地に来て波のチェックをしたが、IT時代の今はパソコンや携帯電話で波情報が得られる。だから波の悪い日に人は来ない。これらの課題についても今後、他の協会とリンクしながら具体的な対策を考えていくつもりだ。
最後にサーフィンは若者のスポーツという印象があるが、「リバイバルで人気のロングボードは安定感があるので、老若男女問わず楽しめる。ビギナーにも上級者にも各レベルに応じた喜びが得られるサーフィンは、人を選ばないレジャースポーツです」と大谷さんは話す。 (内田)