鎮守の森は、地域の人達のふれあいと伝統文化の継承の場。懐かしい思い出が蘇り、誰もがすがすがしい気分に浸れる癒しの場だ。
今回のリポートは、ジャングル同然に荒れ果てていた鎮守の森を、住民達が手作りで復活させた挑戦の物語である。
貞観18年(876年)に熊野本宮大権現の分霊を祀った古社・熊野神社の森は、約30年前から松枯れ病で、樹齢数百年を誇る松の大木が次々に枯れた。森としての成り立ちが壊れたままだったので、15年ほど前、氏子が寄贈した杉や檜の苗木を数百本植えたが、その生育を見守る関心は低かった。
「このまま放置はできない。町が美しく、人も優しい、安らぎと温もりのあるふるさとの環境づくりには、この地の核である氏神様の森の整備を真っ先にしなければ」と、10年前に立ち上がったのが、氏子でスーパーマーケットを経営する藤城吉雄さん(現57)だった。
近所に越してきた森に詳しい人から「この道は引ったくりが出てもおかしくない道。この森は単なる藪。本来の森は下枝が刈られ、木々が間引きされ、ほどよく木漏れ日が差し、風が通り抜ける状態が理想なのだ」と教わり、何とか子どもの頃の神社の森の状態に戻せないものか、と考えた。実際に森に入ってみると、篠竹がうっそうと茂り前に進めない状態。このままでは樹齢数十年の木々も全滅してしまう。藤城さんは仕事の合間をみて、鋸を片手に森に入り木々に絡まるツタを片っ端から切る作業を始めた。
その後、地域住民の関心が高まり、神社の氏子総代会の外郭団体として、平成9年6月に『社友会』(伊藤信一会長・故人)が結成され、神社の周辺整備と管理をすることに。工事委員として加わった藤城さんは、ツタや朽ち木の切り落とし作業を続ける傍ら、森の本来の育て方の学習を深めた。
NHK教育テレビの番組『森に棲むなり』のビデオを取り寄せたり、社友会の結成記念旅行で熊野三山詣でをした際には、番組の主人公であった熊野の山守・野尻皇紀さんに指導を受けた。
また、「心の時代『本物の森』への渇望」という新聞記事で「まさに自分達がこれから始めようとするお手本が明治神宮の森にあった」ことを知り、神宮の参拝を兼ねた森の見学会も行った。神宮の森は、全国から約10万本の献木を受け、11万人の青年達の勤労奉仕でできた人工林。
大都会に作られた世界でも稀に見る素晴らしい森林に感動した工事員達は、この日以来、「百年後を見据えた森づくり」を合言葉に作業を続けた。その後、整備が進んだ境内の森は、やがてこの森の主木になる楠の植え込みを始め、夏榊、河津桜、しだれ桜、欅、檜の苗木の植え付けやツツジ、ツバキ、モミジの移植など、町内外の住民から献木が相次いだ。並行して行われていた社殿の修復工事も総代会の主導で順調に進んだ。寄付奉納額は実に1200人・6000万円に達したという。こうして平成15年11月2日、宮司、工事委員、総代、社友会、工事関係者が一丸となり、取り組んだ平成の一大事業は、その幕を閉じた。
藤城さんは来し方を振り返り、「あの荒れた森は、確実に百年の森として今ゆっくりと成長を続けている。拝殿等の建築物も境内林の風景になじみ、時間とともに荘厳な雰囲気を作りつつある。嬉しいのは、森の大切さに気づいた地域の皆さんが、自発的に境内清掃をする姿を見かけるようになったこと」と微笑んだ。 (井上)