町の中心部を流れ、海に注ぎ込む川。その町が観光地であれば人目につきやすく、その海が一大漁場ならば川の汚れは町の産業にも影響を及ぼす。
故郷の清水川には様々なゴミが浮かび、自転車や掃除機が投げ込まれていた。周囲には観光スポットもあり、観光客の通り道だ。「臭〜い」、「汚い川」と顔をしかめ鼻をつまんで、川べりを歩く観光客を見るにつけ情けなく思った。「自分達で何とかしよう」という気持ちになるまで時間はかからなかった。これまでは地元の環境を顧みる余裕がなかったが、仕事の第一線を退いた今ならある。よし!意気投合した2人は、さっそく行動開始。清水川は二級河川なので県の管理下にあるため、川に入り掃除するには県に許可を取らなくてはならない。申請はすんなりと通った。
また、回収したゴミの廃棄処分だけは町役場にお願いした。県も町も対応は早く協力的だった。
「年金使って」君塚さんは、ゴムボート2台と船外機付きプラスチックボート、掃除道具一式を買い揃えた。川岸から川までボートを下ろすため、階段も造った。川をきれいにすることで、自分たちも気分が良くなると『清水川シルバーリフレッシュクラブ』と名前も決めた。
2月。ボートに乗り川に浮かぶゴミの回収を始めた。知人の植物学者に「流れが急な川なら枯れたアシは千切れて流れ去るが、この川はそうではないから刈り取らないと悪臭の原因、ヘドロになる」とアドバイスを受け、枯れたアシを刈り取った。
川辺に建つマンションに東京から移り住んできた木内宏さん(65)は、5月に君塚さんが発行したチラシを見て「年をとったら何か役に立つことをしたいと考えていたので」参加を申し出た。新聞折込で町内に配布したチラシには、清水川の現状、観光資源としての川の大切さ、自分たちが清掃活動を始めたいきさつ等と、清水川をテーマにした君塚さんの詩などを掲載している。
その後、やはり活動に共感した永島東洋輝(とよき)さん(65)もメンバーに加わった。活動は週3回、月・水・金曜日。午前9時から正午前まで。但し、7月から9月は「熱中症の心配があるから」と週に1回、水曜日のみ。活動範囲は全長約8キロのうちの800メートル。今後もこれ以上は範囲や活動日を増やすつもりはない。「自宅前から公民館先の橋周辺までとしたのは、ここまでが人口密集地であり観光客が目にとまる範囲で、それより先は田園地帯でゴミは少なくなるから。加えて、私達年寄り4人では拡大できない。オーバーワークで倒れたり、義務感だけでやるようになったらリフレッシュどころじゃなくなっちゃう」と君塚さん。
「活動を始めてから、体調も良くなった。1回ボートに乗ると2千回はオールを漕ぐから肩こりも直ったよ」と言って皆、笑い合う。
清掃日には毎回ゴミが大袋3つは出る。最も多いゴミは「定番の」空き缶、空き瓶、ペットボトル。これらの中に泥が入り込んでいる場合は、川ですすいでから回収する。他に、処分するのに有料化されたテレビなど家電類等もある。シーズンには「頂き物のタケノコを食べきれず川に捨てた」ものや不出来だったらしい大根等も数多く回収した。時に、タヌキや、ネコ、ウシガエル、ヘビの死骸も。これまた、腐った魚同様、「数日は鼻に残る」ほど強烈な臭いだという。更に、「動物の死骸は嫌だね。膨らんだ体も顔も見るのはつらい。とにかく成仏しなさいよと拝むけど、子猫の場合は明らかに人間の仕業。哀しいね」と皆さん。
回収したゴミやアシは河口の砂浜まで運び、町役場整備課の職員が処理施設に運ぶ。
清掃活動を始め半年が過ぎた。岸辺にクラブの標語でもある「川は良心で奇麗になります」と書いた看板も取り付けた。人々に啓蒙という形はとりたくない。あくまで良心に訴えたい。だから「子どもたちはゴミを川に捨てない」が彼らのメッセージ。ゴミを捨てるのは大人。そんな大人にはならないでという願いを込めて…。
掃除中に通りかかった保育園児が「お魚とってるの?」と尋ねた。「ゴミを取ってるんだよ」と答えた。引率の先生が「いいところを見せていただきました」と礼を言った。「きれいになったね」、「ご苦労様」と声をかける人も多い。
たしかに今は目に見えて川の流れはきれいになったと実感できる。が、ゴミは毎日出る。取り尽くせるものではない。「もうゴミとの戦いですね。でも、これは我々のライフワークですから。ゴミはエンドレスだけど、我々の元気年齢はエンドレスじゃない」だからこそ、次代を担う子どもたちには大人のいい背中を見せてあげたいと話す。(内田)