シティライフ株式会社

NO.60

僧侶の役割とは、
経を読むことだけでなく、
生きている人間の助けとなること



老若男女が集まる「開かれた寺」を目指して
曹洞宗東渓山玉泉寺(長南町) 
住職 渡邊秀夫師(61歳)

 ある夜、玉泉寺に見知らぬ少年から1本の電話があった。電話帳の「座禅」という文字が目にとまりダイヤルしたが、今から行きたいので道を教えてほしいという。こんな時間に尋常ではないと、少年が降り立ったという茂原駅まで住職は急ぎ車を走らせた。寺に迎えた少年は心を病んでおり、全身の筋肉は長い年月の不要な緊張で凝り固まった状態だった。全身をマッサージしてあげながら住職は少年の声に耳を傾け、そして、その日から寺に住み込むことになった少年は徐々に笑顔を見せるようになった。
 渡邊住職には、こうしたエピソードが幾つもある。以前住んでいた東京都東村山市では、両親を亡くし誰も引き取らなかった問題少年を我が子同然に育て更生させたとして、市長からの表彰も。
 渡邊住職は言う。「物見遊山に行く寺はたくさんあるけれど、悩める人が相談に行ける寺はなかなかない。しかし『寺子屋』『かけこみ寺』など昔から寺は人々の助けになる場所でした。寺は抹香くさく僧侶の仕事は経を読むことだけと思われがちですが、寺とは本来、生きている人の心の拠り所であるべき場。だから各地に寺はあるのです。悩んでいる人の一助となるために」
 玉泉寺の三十世として入山したのは昭和53年。永平寺で修行を重ねた渡邊住職に、駒沢大学の総長から「廃れた寺を立て直してみないか」と話があってのことだ。500年以上の歴史を持つとも言われている玉泉寺ではあるが、先代は体が弱く後継者もいなかったため、建物は傷み庭には木が乱立して薄暗いイメージの寺になっていたのである。「まずは明るくしなければと、妻と二人で桜や紅葉などを残し木を切ることから始めました」。それにより日の光が入って庭やお堂が明るくなった。切った木で炭焼き。現代っ子は経験がないだろうと、中学生を対象に炭焼き教室を行った。
 こうして少しずつ整備してきた自然豊かな寺を舞台に、住職は、生きるとは何か、本当の教育とは何かということを人々に問いかけていきたいと言う。これまでにも座禅会などを通してそうした活動を行ってきたが、更に、座禅を含めた色々な体験を寺に寝泊まりして行うという試みも開始。そのために、昨年は『CONEリーダー』の認定も受けた。ちなみに、CONEとはNPO法人自然体験活動推進協議会の英文名の略称。文部科学省が80億円を拠出した他、各関係省庁も協力、偏差値重視の教育を見直し自然体験を通じて子ども達を健全に育成すべく、その指導者を養成しようというものだ。
「体験は最高の教師だと思うんです。我々の子ども時代は、山や川を駆け回り、栗やキノコをとって家に持って帰って食べた。食べられるキノコと食べられないキノコがあることを覚えたし、木から落ちてコブをつくり柿の木は折れやすいのだと知りました。今の子は柿はスーパーに並んでいるものだと感覚的に思っているから木からもいで食べようとはしないし、むけない子さえいるそうです。先日は大学生に鶏の絵を描かせたところ足を4本つけたなんて、笑い話にもならない笑い話があった。ひきこもりやキレやすい子が増えたり、世の中どこか変です。温室育ちの子ども達が自然の中から人間復活を図ることは急務です」
 昨年6月と9月に、NPO法人千葉自然学校が主催する『とことん田んぼ観察会』の宿泊地として寺を提供した。薪に火をつけ釜でご飯を炊き、ドラム缶風呂に入り、野ミツバチの巣から蜜を絞ってなめ、お土産用に炭焼き、とどれも初めての体験に子ども達は大喜びだったという。「裏庭の池でスルメの足をつけザリガニを釣らせた時も、キラキラと目を輝かせてたんですよ。棚田から長い道のりを歩いてきたからご飯も水もおいしい。宿泊の感想文にはね、『すごい体験をたくさんした。これが勉強だと思う』と書いてあって」と住職は嬉しそうに語る。
 そんな渡邊住職を見て育った長男は、早稲田大学に在学中、友人達と『寺子屋』開校を計画。夏休みを利用して「無料で子ども達に勉強を教えます」と役場を通して長南町の有線放送で生徒を募った。が、地域性故にか生徒はゼロ。最初の絶望感を味わう。次男は駒沢大学を卒業し大本山永平寺で修行に励んでいるという。
 寺を守るため旅行にも出たことがないという良子夫人に頭を下げつつ「息子に後を譲り時間ができたら、本当の意味の教育に力を注ぎたい」。住職のいう本当の意味の教育とは、自然に生かされていることを知ること、自然と共存して生きる命の尊さ、美しさを知ること。
「去年の自殺者が3万人。みんな迷い、病んでいる。ただ、この世は生き方によって、極楽にも地獄にもなる。心の問題を扱うプロとして僧侶は修行し続けなければいけません。過激な新興宗教に信者が集まるのは、既存の寺に人々が満足できないから。今、宗教家は宗派を問わず反省する時にきたと思います」
 言うまでもなく、僧侶は清らかな信仰心を持つことを第一とし、私は一汁一菜でもいい、2足のわらじは履かない、という渡邊住職にプロの覚悟を見た。(富川)

問い合わせ/玉泉寺
TEL/0475・47・0507

 



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