キッズダム宣言『こどもとこども心を100%応援します。心と体にしみこ〜む体験で、毎日の生活を明るく豊かにします。みんなの声と力で成長し続けます』を掲げ、今年4月旧千葉県こどもの国に参加体験型施設キッズダムが誕生した。アソビングビレッジ、モノヅクリングビレッジ、ノラニアンビレッジなど、6つの体験ステージにはそれぞれ進化のストーリーがある。学びは遊び、遊びは学びを形にしたキッズダム開発プロジェクトの板橋一広さん(49)と笹川みちるさん(32)を訪ねた。
千葉県レクリエーション都市開発株式会社から、閉園が決まった千葉県こどもの国の新たな構想づくりの依頼が板橋さんにあったのは昨年。全国各地で子どもにかかわる環境教育や子どもの遊び環境をデザインしてきた板橋さんにとって市原は初めてだった。「これまで扱ったデザインは公共事業での展開が多く、バブル時には大規模なテーマパークや再開発構想も手掛けました。規模の大きい都市構想の中でしかできないものもありましたが、基本的には人、もの、環境がどう結びつくのかということがテーマでした。今回は、新たな投資をしなくてもこれだけの環境がある再生事業。建築物は老朽化していましたが僕にとって水に囲まれたロケーションと長い間かけて育まれた豊かな緑はとても魅力でした。人間が造った建築物は年月が経つと機能的にもデザイン的にも古くなるけれど、自然は時と共にますます豊かになります。キッズダムはひとつの国。進化し続けるためにはこれまでのようにハードだけでなく、まちがきちんと機能するソフトが必要でした」と話す。
基本的なシナリオは出来上がったが、譲渡先が決まらないまま、11月には民間への移譲となった。再び企画書を練って提出したプランの反響は、思いの外大きかった。様々な所から質疑書が舞い込み、キッズダムの構想説明に奔走した。2月、県が設置した有識者による選考委員会の審査の結果、採択された。それ以降、現場も含めて目の回る忙しさが待っていた。そこで呼ばれたのが、現場ベースでそれぞれのプログラムのストーリーを描くことができる笹川さんだった。「地域コミュニティが希薄化する中、本来ならば地域や学校が提供していくべき出会いの場や学びの場が失われています。子どもと社会をとりもつ体験プログラムを提供し、地域や親に参加してもらう中でコミュニティを構築しながら子どもを育んでいこうというチルドレンズミュージアムの仕事にこれまで携わって来ました」という笹川さんは、板橋さんがプロデュースするキッズダムにとって欠かせない存在だった。
「人と活動をつなぐこのプログラムは、市民をはじめ地域のNPOや市民活動団体のみなさんに参加してもらってはじめて機能する仕組みです。キッズダムは地域力発電所だと思っています。皆の心に明かりを灯せるよう、まずは電気が流れる道をつくること。そのためには皆が手をつなぐこと。そして、ここがエネルギーを増幅する場所になれるよう、サポートするのが私たちの仕事です」
決定からプレオープンまで、2カ月足らずだったことにおどろく。「建物は古いけれど形は悪くない。手を入れれば十分使える。旧財団の人たちも、今回の企画を『昭和46年の開園時の理念に近いものがある。当時は、やりたくてもできなかった内容だ』と共感してくれました。時間がなくて何も用意できなくても素晴らしい自然がお客様を出迎えてくれると、とりあえず桜のきれいな4月に開くことにしました。キッズダムは、利用してくださる皆さんのステージとして提供したいというのが基本です。創りながら、試しながら、ここならではの魅力を探っていきたいと考えています」という。
ネットワークも広がりつつある。「地域とのつながりこそが宝物です。わずか2カ月間ですが、濃い充実した時間でした。市原には個性的な人が多く、新しいことに前向きだと感じています。人材の豊富さ、ボランタリティ精神におどろくと同時に、潜在性、可能性を感じています。キッズダムが市原市の顔として、地元に愛されるような運営を目指していきます」
グランドオープンは7月下旬。2人ともやらなければならないことが山ほどある。埼玉県草加から車通勤して来る板橋さん。渋谷から電車とバスを乗り継いでやって来る笹川さん。帰れなくてホテル泊となる日も多い。「忙しくても毎日楽しく仕事ができています。いろんな方との出会いや皆さんの笑顔を見て、元気をもらっている感じです。キッズダムは仕事というより僕のライフワークになりそうです」「これからがスタートです。その先の夢がどれだけ形になったかは、何十年後に私が孫を連れて見届けたいと思います。そして素晴らしく進化したキッズダムを孫に自慢します」と、笹川さんは笑う。(国安)