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NO.96

ギタリストからピアニストへ

千葉県は、常に『地震』への警戒が必要
過去の大地震を研究、
『悲劇』を『教訓』に変えて伝える

千葉県立御宿高等学校 校長
古山(こやま)豊さん(57歳)・大網白里町在住

  
「ハワイと日本は毎年6センチずつ近づいているんですよ」。教員生活35年というだけに、『地震』という固いテーマであっても、古山校長の話は分かりやすく惹きつける。日本とハワイが近づいているのは、ハワイ一帯の太平洋プレート(岩盤)が日本列島に向かって少しずつ沈んでいるから。地球には10数枚のプレートがあると言われているが、1つのプレートが別のプレートの下に潜り、上になったプレートがそれを支えきれなくなって跳ね上がることが地震の起きる1つの要因。太平洋プレートが潜っている三陸沖は、だから30年以内に地震が発生する確率90%なのだという。
「千葉県の災害史上、最大かつ最悪」の元禄地震から300年が経過。今から20年前、歴史の教員の研修会で鷲山寺(茂原市)に建つ供養碑に出会ったことが歴史地震の研究を始めるきっかけだった。古山校長は合同供養碑に改めて深刻な被害を実感、以来、県内各地を歩き元禄地震の供養碑を探し、石に刻まれた文字、過去帳、古文書等から実態を調査していった。
 房総の4大歴史地震といわれるのは、慶長地震(1605年/M7.9)、延宝地震(1677年/M8)、元禄地震(1703年/M7.9〜8.2)、大正地震(関東大震災。1923年/M7.9)。うち詳細が判明していたのは大正地震のみとされていたが、古山校長の地道な調査で元禄地震の実態も徐々に明らかになった。今や元禄地震研究の第一人者として、東大の地震研究所をはじめ、安房博物館、地震研究発表会等々で講演、その他、NHK千葉FM出演、千葉日報での連載の実績も有し、著書多数。古山校長は言う。「一度大きな地震があった所では、また必ず起きる。100年〜150年周期で起きてもおかしくないという学者もいるほど。物理学者寺田寅彦は『天災は忘れられたる頃来る』と言っている。多くの犠牲者の霊に合掌すると共に、今後の安全と管理に備えなければ」

◆元禄地震の実態は?
「白浜灯台が建っている野島崎沖20数kmの海底が震源地。ちなみに、野島崎は地震前は島だったが、地震による地殻変動で隆起し島が陸続きになった。千葉県での死者は4500人以上、小田原、伊豆等全体で8千人以上。一番被害が大きかったのは白子で死者1150人余。続いて長生と鴨川、次に大網白里」
◆記憶に新しい阪神淡路大震災、新潟県中越大地震と比較した大きさは?
「元禄地震のM(マグニチュード)7.9から8.2に対し、阪神淡路はM7.3で震度6、新潟県中越はM6.8で震度7。Mとは地殻変動、つまり山崩れとか地割れなど自然に対する破壊の程度が基準となってつけられる数字、震度は人間が感じる揺れ方で決める基準で、Mは元禄地震の方が大きいということになります」
◆千葉県では大正地震の被害も甚大だったとか。
「82年前に発生した大正大地震は、神奈川県平塚の海岸沿いが震源地。千葉県では1345人、全国で14万2807人が犠牲となった。大正地震は家の倒壊・火災による死者がほとんどでしたが、元禄は95%以上が津波により亡くなっている。元禄16年11月23日というのは太陽暦に直すと12月31日。『子の刻(23〜1時)より俄に大きく揺れ始め、表にて大太鼓を打ち鳴らすように響いて、丑の刻(1〜3時)に山のように大きな津波が押し寄せ一の波、二、三の波が侵入してきた』という古文書が残っていますが、夜中であることに加え、真冬の寒さという悪条件が重なり津波の被害が増大した」
◆津波の威力は?
「別の古文書によれば『太さ二尺四・五寸もある松が根こそぎ押し流された』とある。通常、速度は新幹線と同じ位。が、平成5年の北海道南西沖地震は速度500km以上といわれているし、昭和35年のチリ地震は速度700kmというジェット機並みの速度。この時は地球の反対側にある日本に22時間後に津波が押し寄せ142人が亡くなっています」
◆今後、三陸沖以外にも地震が心配される地域は?
「今後30年間に大地震が起こる確立として、極めて切迫しているのが東海。そこに隣接した紀伊一帯の東南海は50%程度、南海40%とされています。このつながった3地域は、1つが起こると刺激され連動する可能性がある。その場合、揺れは3分以上続き、破壊力、津波の威力は想像を絶する。また、千葉県は常に警戒が必要な地域とされているが、こうした地震が起こった場合の影響も大きいでしょう」
◆ただ、地震が起こった場合、自然の威力に人間はなす術がないのでは。
「今回のインド洋大津波で圧倒的に死者が少なかった集落がある。何故か。その集落はインドネシアで97年前に起こった大地震を教訓として言い伝え、地震が起きたら津波が来るのは当然だと皆が思っていたので早く高台に逃げたから。地震があったら二次災害として津波、火事があるぞ、地割れや山崩れや液状化が起こるぞと、親から子へ、孫へ伝えることが大事。人間は何かあっても自分は大丈夫だと思いがち。でも、他人事ではダメ。危機管理意識を持ち、万が一の時のことを想定し家族で話し合う場を頻繁にもつべき。何を持っていくか、どこに逃げるか。そして、もし地震があった場合、決して車では逃げない。北海道南西沖地震では車で逃げた人は渋滞で流され、走って逃げた人は助かった。また、ポイントは『3日間』。3日我慢すれば必ず救助される。それに合わせた準備を普段から心掛けておくべきでしょう」   (富川)
  
  



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