宝塚歌劇出身でニューヨークのモダンダンスの殿堂『マーサ・グラハム舞踊学校』にダンス留学していた秋葉敦子さん。
現在は東金市季美の森にあるスポーツクラブでエアロビクスを、東金市サンピアスポーツクラブではエアロビクスとタップダンスを教えている。他、市からの依頼で引きこもりがちな高齢者を元気にしようと公共施設で軽体操など健康法も指導している。
◆まずは、宝塚歌劇での思い出について。「東の東大、西の宝塚」と言われるほどの難関。入るのは大変だったでしょう。
「運が良かったんですよ。宝塚音楽学校を受験できるのは中学卒業時から高校卒業時までの期間。私は高校3年の時、進路を決めることになり、その時になって宝塚受験を考えたのです。付属高校だったのですが、大学で学びたい学科がなかった。それならいっそ大好きだった『劇団四季』に入りたいと親に相談しましたが、東京で暮らすことを反対され、じゃあ踊りが好きなので宝塚を受けたいと言ったら許してくれたのです。宝塚なら実家の大阪から近いし、女性ばかりで安心ということもあったでしょうし、何よりも、どうせ受かるわけないと思っていたのでしょう(笑)。バレエやタップダンスは中学校までやっていたし、ピアノも小学校の間習ってはいましたが、高校時代はスポーツばかりやっていたので、慌てて声楽を習いに行きました。宝塚は音楽学校に入学して2年間、声楽やバレエ、ダンス、日舞、茶道、狂言、演劇等々、舞台人としての基礎を身に付け、歌劇団に進み研究生となり舞台に立てるのです。成績が1番から4番までが対象の優秀賞を頂けたことも嬉しかったです。宝塚に入りビックリしたのは、とにかく本当に厳しいこと。歩き方から髪型、掃除など生活全般にわたり先輩がマンツーマンでつき指導するのです。皆、よく泣きましたが、舞台に立てる日を夢見て頑張りました。宝塚で得た最大の財産は、根性がついたことだと思います」
◆一番、印象に残っている舞台は?
「1984年、宝塚歌劇70周年に上演した月組のミュージカル『ガイズ&ドールズ』。私は警官役で、主演は大地真央さん、黒木瞳さん、涼風真世さんでした」
◆舞台でのケガをきっかけに宝塚を辞め、ニューヨークへ。
「はい。足を痛めたので裏方にまわろうと振り付けを学びたくて、24歳で単身渡米し3年間ダンスに明け暮れる日々を送りました。奨学生制度を利用して、親には1年間といって許して貰った滞在を延ばして。でも、4年目は又もやケガをして手術、リハビリして踊れるようになったところで帰国となったのですが」
◆帰国後すぐに御主人と出会い結婚を。
「振り付けの仕事をと思っていましたが、年子の男の子を出産して。ようやく子ども達に手がかからなくなった2年前から、ダンス講師として仕事を再開したのです」
◆幼い頃から宝塚時代、そしてニューヨークでと様々なダンス環境に身を置いてこられた。ダンスの魅力とは?
「バレエは踊りを見るだけでも優雅な気持ちになる。舞台が額縁で動く絵画のような芸術の世界だと思います。幼い頃からバレエをやっていた人は背筋が伸び、足も膝が出ていなくてキレイなスタイル。実は私もバレエを始めたのは、母がO脚だった私を心配してバレエを習わせれば、と思ったからなんです(笑)。タップダンスは自分の体で音を出す楽しさがある。バレエは動きが決まっているけれど、タップは自由。かかとで出す音もあれば、つま先で出す音もある。足の横の部分を滑らせて出す音もあります。音を発見する面白さも魅力です」
◆今、タップダンスのクラスでは子ども達に教えているとか。
「ええ、でも大人の方も歓迎ですよ。タップは足だけでなく頭も使うから脳を刺激して、御年輩の方にも子どもにも良いといわれています」
◆これからもずっとダンスを続けていきますか。
「はい!老人ホームに入っても『みんな、踊るわよ〜!』ってね(笑)。実際、60歳以上の方でもエアロやダンスをやっている方は、同年代の方より若々しい。私もそうなりたいですから」 (内田)