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房総往来
- 2014/10/10
- シティライフ掲載記事, 市原版

波乱万丈…里見氏 山里 吾郎
「〽雁鳴き渡る荒涼の…」。旧制安房中(現安房高)の旧校歌は、こんな歌い出しで始まる。明治34年創立という伝統校を偲ばせる75調の歌詞は「〽里見の城を照らす月」と続く。かく言う私も卒業生の一員、館山市立博物館で開催中の「里見氏の遺産」を訪ねた▼戦国大名として数奇の運命をたどった里見氏。城山公園に位置する博物館・本館では史実に基づく里見氏と館山発展の歴史、分館の館山城では江戸期に書かれた曲亭(滝沢)馬琴の長編小説「南総里見八犬伝」の資料が展示されている▼里見氏は元々、群馬県榛名町の出。関東の名門、新田氏の傍流で平安末期、源頼朝の挙兵に従ったが、鎌倉幕府の衰退とともに一旦は歴史の表舞台から姿を消す。しかし15世紀半ば戦国大名として里見義実が安房に上陸、群雄していた豪族を次々と倒し、わずか5年で安房を平定。ここから南総里見氏の新たな歴史が始まる▼その後も内乱を繰り返しながら勢力を伸ばした里見氏は上総、下総を窺いながら東京湾の制海権をめぐり対岸の小田原・北条氏とも40年にわたって抗争。この戦国期に湊町・館山は開発され海の要衝として今日の礎が築かれたという▼ただ里見氏は10代忠義の時に徳川幕府から伯耆国倉吉(鳥取県)への国替を命じられ滅亡。憂悶のうちに没した主君忠義に従い殉死した8遺臣が小説・里見八犬伝のモデルと伝えられている▼忽然と安房の国に現れ、僅か180年で没した里見氏。その波乱万丈の盛衰は、八犬伝以上の壮大な戦国ドラマを垣間見せてくれた。
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