女性の理想や憧れをぎっしり詰め込んで今にも動き出すかのような人形たち

紙粘土人形作家 加藤紀美子さん

 勝浦市の自宅の一角で創作紙粘土人形教室「メルヘンの館」を主宰する加藤紀美子さん。紙粘土人形作家としてのキャリアは33年を数え、今年2月、念願だった地元での展示会を「キュステ」(勝浦市芸術文化交流センター)にて実現させた。
 地元イベント関係者によれば、通常、個人の教室の展示会で1日100人を呼ぶのは並大抵のことではないというが、6日間の来場者はおよそ千人。読売新聞、朝日新聞、毎日新聞がイベント案内を掲載、千葉日報が会期初日に取材し記事を掲載したこともあり、近隣のみならず、埼玉県、横浜市、旭市、野田市などからも来場があり、アンケートには「今にも動き出しそう」「勝浦のビッグひなまつりに展示してほしい」「人形の表情など涙が出そうなほど感動した」等、多くの称賛の声が寄せられた。
 加藤さんは勝浦市生まれ。小学校2年生の時、父親の転勤に伴い東京に引っ越したが、見合いの相手が偶然にも勝浦在住の人だったため、結婚を機に22歳で生まれ故郷の勝浦に戻った。当時はもちろん知り合いもおらず、「朝市で買い物をして家事だけの毎日。さみしくて泣いていました」
 やがて男の子3人に恵まれ、子育ての日々。「主人は『母親は常に家にいなくてはならない』という考えの人。三男が幼稚園に入園した頃、何かやりがいのあることをしたいと思うようになり、でも外には出られないので家でできるものはないかと探し始めました」。そんな時、美容室で読んでいた雑誌の広告(ロマンドール通信講座)で紙粘土人形の存在を知る。
 「写真を見て、私の求めていたものはこれだ!と直感しました。すぐに書店に行って同じ雑誌を買い、それから一週間悩みました。なぜって、受講料は半年で3~4万円。専業主婦には高価だし、果たしてそんな大金を叩いて私にやり通すことができるのかと。それでも、どうしても気持ちを抑えきれず、主人に内緒にして、へそくりで始めたんです。若い頃、服飾デザイナーやヘアーデザイナーに興味を抱いていた私にとって、人形は私が憧れていた美しい髪や服、理想の女性を思いのままに作りあげることができるから」
 家事と育児の合間を縫っての人形作り。次々と創作意欲がかきたてられ、半年間の通信教育はわずか4カ月で終了した。そして、もっと上を目指したいと展示会に足を運ぶなどするうち、「画期的な新刊」に出会い衝撃を受けたという。「個性的な表情、関節のある指の細やかさや優雅さ、ファッションセンス等々、これまでの概念を覆されたようでとにかくショックでした」
 ひたすらその本を見続けた末、加藤さんは、本の発行元である創作紙粘土協会に手紙を書いて独学で紙粘土を極め資格を取りたい旨を伝え、そのための手段を問う。すると、協会の代表から電話で作品の写真を送るよう指示され、その後、数回のやりとりが行われた結果、間もなく同協会認定の準講師に。さらに翌年には講師免許を取得した。
 「今なら審査も相当厳しいはずですが、当時はちょうど紙粘土が普及しはじめて間もない時期だったので、地方に広めるという意図があったのかも知れません。本当にラッキーでした」
 とはいえ、独学はたやすいものではない。「材料から仕上げ液の塗り方まで、ことごとく悩みました」。例えば、人形が持つ花の茎に使うワイヤー。最初は普通のワイヤーを使っていたので、暫くすると錆が出て花がことごとく落ちしまうことに。また、紙粘土の種類によって繊維の長さが異なり、ドレスのギャザーを作る場合には薄く伸ばす必要があるため繊維の長い紙粘土でなければいけない。
 こうして様々な試行錯誤を重ね、技術を向上させ続けた加藤さんは、平成元年の第三回創作紙粘土全国作品展にて入賞(「昭和天皇」「金婚式」)。平成5年、師範免許取得。平成8年、第六回創作紙粘土全国作品展にて入賞(「海のファンタジー」)。ちなみに、「昭和天皇」制作時には数多くの本で写真の表情含め研究し、第2ボタンを外されていることが多いことも作品に反映させており、一方、両親をモデルにした「金婚式」は実際の勲章の写真を送付してもらい、緻密に再現させた。
 ただ、人形づくりは技術面だけではなく「作者の心の在り方が大事」と加藤さんは言い切る。「謙虚で穏やかな気持ちを持ち続けないと、どんなに立派な作品であろうと、人の心を打つ作品には仕上がらない。自惚れた心は傲慢な顔の人形を作ります。だから、常に腕のみならず、心身も磨いて多くの人に夢を与えられる人形を作りたい」
 そんな人形に対する思いを綴った『紙粘土人形に魅せられて』が第12回全国「生きがい」作文コンクール(主催/社会福祉法人日本家庭福祉会 後援/総理府・毎日新聞社)の日本家庭福祉会会長賞を受賞したのは、紙粘土人形への真摯な愛情が対外的に評価されたからこそ。
 今、加藤さんが好んで制作しているのが同居する二人の孫をモデルにした人形。制作中、「ばあば、すごいね」と傍らではしゃぐ二人の声に、加藤さんの穏やかな顔がさらに穏やかになる。

問合せ メルヘンの館
TEL 0470・73・2934

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