「日本の伝統文化を次世代に伝えたい」

人形の鯉徳三代目店主 加藤秀徳さん

 時代が移り変わり、生活スタイルが変化しても、変わらない子どもを想う家族の愛。親や祖父母が子どもや孫の健やかな成長を願い贈る雛人形や五月人形。しかし、少子化や伝統行事離れ、住環境の変化や欧米式イベントの定着等から、伝統産業を取り巻く社会経済環境は年々厳しさを増している。そのような中で、「私たちはニッポンの美しい伝統行事や工芸品を通じて、日々の暮らしや家庭に『幸せな時間』を提供したい」と、新たな展開を模索し、活路を見出すべくチャレンジ精神で頑張っているのが、市原市姉崎にある創業90年の老舗問屋『人形の鯉徳』三代目店主、加藤秀徳さん(42)である。
 加藤さんの祖父、初代・徳蔵さんは店主として商売の傍ら、89歳で亡くなるまで店名の由来ともなった「鯉のぼり名人の徳さん」と呼ばれ、『上総鯉のぼり』の製作を続け、昭和61年に県の伝統工芸士に、平成13年には県の名工に選出された。
 二人姉弟で長男である加藤さんは、幼い頃から家族や出入りの業者から「三代目」と呼ばれ、家業を継ぐことに「何も抵抗はなかった。自然に受け入れていた。周りの大人たちに洗脳されたのかな」と笑顔で顧みる。
 地元の小中学校に通い、千葉市内の高校に進学、都内の大学卒業後、学生時代、アルバイトしていたデザイン会社に就職し、グラフィックデザイナーとして働いた。
 祖父の血を受け継いでいるのか「子どもの頃から絵を描くのが好きだった」と話す加藤さん。将来のことを考えて商学部で学んだものの、家業に就く前に「やってみたかった仕事にチャレンジしたい」と在学中にデザイン専門学校にも通った。そのきっかけとなったのが、大学のOBでもあるカリスマ的アートディレクター、信藤三雄さんの存在だった。「学部も自分と同じで、デザインの道に進んだ人。憧れました」

 デザイン事務所で2年ほど働き、結婚を機に実家へ戻り家業を継いだ。祖父母や両親、妻、繁忙期にはパート従業員と共に働く日々。「最初のうちは自分のやりたいことをやろうとして、親とぶつかり合うこともありました。自分は数年でも外の世界を見てきたので、従来のままのやり方では駄目だと思ったんです。そこで色々試行錯誤して、ヒット商品を生み出したこともあれば、失敗もありました。30歳過ぎて三代目として買い付けを任された時には、昔からの業者とのお付き合いを断ち、新しい業者に替えたものの、いきなり信用関係が築けるわけもなく、思うように仕入れができず、大変なめに遭いました。一気にことを進めたのがいけなかったのだと反省しました。乗り越えられたのは、支えてくれた家族や力になってくれた同業者の仲間たちのおかげだと感謝しています」
 家業を継いで16年。三代目としての基盤を固めつつある加藤さん。人形業界はバブル景気に沸いた最盛期に比べれば市場は縮小したが、今までとは違うアプローチの仕方や、店オリジナル商品の開発で、これまでになかった年代層にも購入してもらおうと奮闘した。現代の住宅にもマッチした、洋室に溶け込む和のインテリアとしての節句飾りを提案し、店内に展示されているのも、その一例。
 そもそも節句の風習は本来その土地の歴史や風土に根付いた伝統行事でもあった。だが、情報社会化と大量生産による節句品の画一化によって地域性が失われつつある。そんな現状に「問題提起の気持ちを込めて」ストーリー性を持たせた新たな武将シリーズを開発し、ロングヒット商品となった。
 加藤さんは「千葉で生まれた男児の初節句をきっかけに、地元の歴史や文化を再認識して、知らなかった事柄にも気づいてもらえたら」と、五月人形シリーズ『房総のサムライ』をプロデュースした。千葉県のご当地サムライヒーローは?と考え、ゆかりのある源頼朝と本多忠勝をクローズアップして展開。意外だったのは、地元より他地域の人たちが飛びついたこと。来店客の『セットで同時に2つ飾れないか』という言葉がヒントとなって生まれた、おひな様や五月人形の双子用飾りなどのオリジナル商品もある。
 また、ライフワークとして、同業の仲間や同世代の作り手たちと日本の伝統文化や伝統工芸の魅力を伝えていきたいと考えている。節句人形の販売だけに頼っていては現状打破できないとの思いもある。店内に各地の手仕事を紹介したコーナー『日本のイイもの』がある。そこには、加藤さんが全国を回り吟味して選んだ職人が作った篭や陶器、和紙、木工などの工芸品が展示されている。「自分仕様の逸品」として大好評。年々、反響が大きくなってきている。ここ数年、世の中の流れとして、日本の伝統文化を見直そうという気運の高まりも、追い風となっているのだろう。
 昨年からスタートしたネット販売では、写真の展示数の多さと詳細な説明を盛り込んだ戦国武将ものが大ヒットした。ウンチク好きな男性や『歴女』などマニアックな人からの評価が高い。これらのヒット商品の売れ行きに関しては、コンサルタントが「1年で、こんなに数字が出たのは珍しい」と言ったとか。「ネット販売は、当店の商品に興味を持っていただくきっかけづくり。ネットを見て、そのあと実物を見てもらえたら」
 加藤さんは「伝統工芸品の世界は閉鎖的で情報発信不足。オンラインショップでは商品の説明プラス作り手の声をボリュームアップし、その人となりや製作工程を盛り込むようにしています。そして、ネットを駆使して商圏を近隣だけでなく全国、海外にまで広げたい」と熱く語る。更に、「新たな試みとして、人形業界と他の業界とのコラボということで、人形の衣装をこれまで使用したことのない織物や和紙などで作れないか模索しています。作り手と作り手の架け橋になりたい」とも。
 節句人形業界の繁忙期は、1月から3月のひな祭り、3月から5月の五月人形、7、8月のお盆提灯。しかし、加藤さん自身が最も忙しいのは6月。「五月人形が終わると、来年度の見本市と商談が始まる。6月は各地を飛び回り、家にいることは少ない。でも、週末には消防団の大会や産業祭の手伝いなど、大事な地域の行事があるので、とんぼ帰りして参加しています」。加藤さんは地域での交流を大切に考えており、多忙の合間を縫って商工会議所や消防団、神社の氏子などの地域活動に積極的に関わっている。
 今では市外からも大勢の人が来場する一大イベントとなった『いちはら大綱引き』の「企画提案者のひとり」であり、実行委員会初代委員長も務めた。「自分と異なる業種の人たちとの付き合いは、気づきがあるし刺激も受け面白い。気持ちのリセットもできる」と嬉しそう。
 趣味は旅行だが、一人旅ではもっぱら現地に出向いてから「アポなし、飛び込みで職人さんを訪ねる」という加藤さん。時に、家族旅行でも同じ行動パターンをして、奥様から「公私混同も甚だしい」と怒られると苦笑する。旅先や見本市で見つけた縁起物や郷土玩具の品々は自身の店長ブログ「モノづくり・モノえらび・モノがたり」で取り上げている。
 「やりたいことが次々と出てくるのが、すごく嬉しい。対面でお客様や職人と話すことができ、人とつながって仕事ができる、この職業は自分に向いている。天職だと思っています」と話す。小学5年生と中学3年生の息子さんがいるが、現時点で後継者にとは考えていない。「無理強いする前に、まずこの仕事に興味を持ち、働きたいと思える会社にしなければと思っています。今はまだまだ自分自身がやるべきことが多い」とのこと。
 近年、国産と偽った大量生産の粗悪な節句人形が巷に出回るようになったことを受け、業界が顧客の信頼を得るため設けた節句人形アドバイザー資格。加藤さんは第1回の試験合格者。「古くから受け継がれてきた伝統行事であるひな祭りや端午の節句。最近は面倒だと行わない家庭も増え、地域の祭りもだんだんと小規模になりました。何事も利便性を追求するあまり、大切なものを失ってしまったように感じます。私は親や地域の大人たちに、かけがえのない祝い事や祭事など伝統文化の思い出をつくってもらった。なので節句人形や工芸品を通じて、一般にはなかなか知られていない職人の世界を紹介し、伝統文化に関心を持っていただけるように力を注いでいきたい」と、にこやかに話した。

問合せ 鯉徳
TEL 0436・62・4151

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