みさご

みさご
遠山 あき

 小湊鉄道月崎駅の南側は、線路に沿って田んぼが広がっている。初夏になると伸び始めた若苗が、緑の香しい風を生む。その田んぼ道を辿れば梅ケ瀬に通ずる林道で、なだらかな登りになって林の中へ消えていく。この道は里見一族と関わりのある琵琶首の館へも行かれる。地図の上に次々と想像が広がって、楽しい夢も生まれてくる。
 その林道を指先で辿ると『みさご』という地名があった。ところがその辺りを地元では『やんがでえ』と言っている。『みさご』とは知らなかった。『やんがでえ』さえも意味不明の地名だ。物知りの八十歳過ぎのおじいさんに会ったので、聞いてみた。「それはやまが台ってのが本当だが、訛って『やんがでえ』って言うのさ」と、教えてくれた。でも、『みさご』の地名は分らないという。地図にあるのだからいい加減な地名ではないはずだ。
 ある日、寺へ行ったとき、住職に聞いてみた。寺の過去帳には亨保の頃からの記録があるという。戒名に付けて住所も書いてあるに違いない。「みさごとは月崎駅南方の地区一帯の地名ですよ」と住職は教えてくださった。やはり『みさご』の意味は分からないそうだ。気にかかりながら、ずっと不明のまま過ぎていた。
 動植物研究家の田中義和氏に会ったので、もしやと思って聞いたら「ああ、それは鳥の名前ですよ」と即座に教えてくれた。しかしそれがどんな鳥なのか私は知らない。さっそく鳥類図鑑で調べてみた。あった! むさぼるように写真と解説を読んだ。トビと同じくらいの大きさで川や海辺に棲み、獲物の魚を見つけると豪快に水中に飛び込んで足で掴む。羽を広げるとトビより大きいそうだ。川辺に住んでいるのに私はまったく知らなかった。その地名を誰が、何時つけたのだろう。地域ではその地名を呼ぶ人はいないし、第一、みさごの地名すら知らない人もいる。疑問はふくらむばかりだ。
 それでまた田中さんに聞いた。彼はしばらく考えていたが「きっとそのミサゴの飛ぶ姿がそこの地形に似ているのかもしれませんね」。それで、地図と飛ぶ姿を並べてみた。曖昧だが、そう言えば確かにそう見える。
 地名の謎の奥深さに感動し、地図を見る興味が一層深くなった。

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ


今週のシティライフ掲載記事

  1.  市原市は市制施行60周年を記念し、『エンジン01(ゼロワン)in市原』を2024年1月26日(金)~28日(日)に開催する。先月8月25日…
  2.  マザー牧場(富津市)では、ひと足早く秋先取りの絶景が登場。まきばエリア 『花の大斜面・東』にて、 2年目となる『コキア』が9月上旬より紅葉…
  3.  心ない行動や言葉が、人を追い詰め事件になるケースも多い昨今。この本『慈雨』の筆者・大木太枝(たえ)さんも、20数年前、愛する家族が他人の中…
  4.  9月30日(土)・10月1日(日)の2日間、上総更級公園や上総大路などで、『上総いちはら国府祭り』が4年ぶりに開催される(主催:上総いちは…
  5.  絵本作家の五味太郎さんが書いた本に『じょうぶな頭とかしこい体になるために』という本があります。「何をしたいか自分でもよくわからないんだ」と…
  6.  今回から前後編で、世界に名を轟かせた黒澤明監督に関するお話です。黒澤明:1910年(明治43年)3月23日生~1998年(平成10年)9月…
  7.  牛久石名坂1号墳跡は、市原市のほぼ中央に位置し、国道が縦横に走る養老川中域の標高37メートルの河岸段丘上にあります。周囲には大小の古墳が9…
  8.  8月21日から23日の3日間、野田市にある江崎グリコ株式会社の工場見学施設『グリコピアCHIBA』にて、小学生とその家族を対象としたワーク…
  9. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1.  9月30日(土)・10月1日(日)の2日間、上総更級公園や上総大路などで、『上総いちはら国府祭り』が4年ぶりに開催される(主催:上総いちは…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る