みさご
- 2013/4/26
- 市原版
みさご
遠山 あき
小湊鉄道月崎駅の南側は、線路に沿って田んぼが広がっている。初夏になると伸び始めた若苗が、緑の香しい風を生む。その田んぼ道を辿れば梅ケ瀬に通ずる林道で、なだらかな登りになって林の中へ消えていく。この道は里見一族と関わりのある琵琶首の館へも行かれる。地図の上に次々と想像が広がって、楽しい夢も生まれてくる。
その林道を指先で辿ると『みさご』という地名があった。ところがその辺りを地元では『やんがでえ』と言っている。『みさご』とは知らなかった。『やんがでえ』さえも意味不明の地名だ。物知りの八十歳過ぎのおじいさんに会ったので、聞いてみた。「それはやまが台ってのが本当だが、訛って『やんがでえ』って言うのさ」と、教えてくれた。でも、『みさご』の地名は分らないという。地図にあるのだからいい加減な地名ではないはずだ。
ある日、寺へ行ったとき、住職に聞いてみた。寺の過去帳には亨保の頃からの記録があるという。戒名に付けて住所も書いてあるに違いない。「みさごとは月崎駅南方の地区一帯の地名ですよ」と住職は教えてくださった。やはり『みさご』の意味は分からないそうだ。気にかかりながら、ずっと不明のまま過ぎていた。
動植物研究家の田中義和氏に会ったので、もしやと思って聞いたら「ああ、それは鳥の名前ですよ」と即座に教えてくれた。しかしそれがどんな鳥なのか私は知らない。さっそく鳥類図鑑で調べてみた。あった! むさぼるように写真と解説を読んだ。トビと同じくらいの大きさで川や海辺に棲み、獲物の魚を見つけると豪快に水中に飛び込んで足で掴む。羽を広げるとトビより大きいそうだ。川辺に住んでいるのに私はまったく知らなかった。その地名を誰が、何時つけたのだろう。地域ではその地名を呼ぶ人はいないし、第一、みさごの地名すら知らない人もいる。疑問はふくらむばかりだ。
それでまた田中さんに聞いた。彼はしばらく考えていたが「きっとそのミサゴの飛ぶ姿がそこの地形に似ているのかもしれませんね」。それで、地図と飛ぶ姿を並べてみた。曖昧だが、そう言えば確かにそう見える。
地名の謎の奥深さに感動し、地図を見る興味が一層深くなった。