途切れたフィクション

途切れたフィクション
文と絵 山口高弘

 夏に読み始めた本は、まだ途中でした。枕元の読みかけの小説では、主人公たちが色々な場面で止まったままです。夏の海で生涯の『先生』と出会った場面で、あるいは病床の恋人の看病中で。僕が毎晩ふとんの中で、眠る直前に読書するから進まないのです。けれど止められない。虚構の世界に入りたい。そして今夜も、本を開きます。
 …ある夜のこと。僕は深夜の本屋で新しい小説を買いました。車を運転して自宅前まで帰った時、それは突然やってきました。ゲリラ豪雨です。あっという間に前は真っ白、雨の壁に囲まれました。まるで滝壺の中だ。自宅はすぐ脇なのに車から降りられない。傘がない。しまった、玄関の鍵もない。家の中は寝静まっている。仕方なく、というか面倒で、車内で雨宿りする事にしました。
 いよいよ勢いを増した雨はムチ打つように車体を叩き、雨水はフロントガラスを割れた卵のようにどろどろと伝って落ちていく。やる方なしに、街灯を頼りに、買った小説を開きました。するとどうでしょう、本に映った雨粒の影が、ページの上を踊るように上っていく。窓を流れる雨粒たちが街灯に照らされて、逆さまに映り込んだのです。それは細胞分裂を繰り返すウィルスのように増えて増えて、もぞもぞと紙を上っていって…何だか眠くなる映像だ。それに少し肌寒い。僕の意識は途切れていき、やがて眠りがやってきました。雨音が、他人事のように遠くで鳴っていました。
「…寝冷えだね、窓開けて寝た?喉が赤いよ?」昼の診察室、医者の指摘にドキリとしました。カルテに病状が綴られていく。「お大事に」僕は風邪を引いていました。昨夜枕元で読書しながら、ふとんを掛けずに眠ってしまったようです。変な夢も見たんだよな…車、雨宿り、本、ウィルス、寒気…何てこった正夢だ!

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ

今週のシティライフ掲載記事

  1. 【写真】真光寺仏殿(左)。右側は薬師堂が建つ前、本尊を安置していた書院  市原市との市境にある緑豊かな里山、袖ケ浦市川原井…
  2.  10/12(土)から12/15(日)まで開催される、市原歴史博物館(市原市能満)の特別展「旅するはにわ~房総の埴輪にみる地域間交流~」。千…
  3. 【写真】日展 彫刻 2023年  都内六本木の国立新美術館にて、11月1日(金)から24日(日)まで『第11回日展』が開催…
  4.  秋の里山では、山の幸クリの殻斗(いが)の棘が茶色く変わり始め目立つようになる。葉が覆い茂っている林では見分けにくい。花が咲く6月と殻斗が割…
  5.  いすみ市大原駅近くにある、工芸品の展示販売を行う古民家ギャラリー『北土舎(ほくとしゃ)』他で、特別展『琉風(りゅうかじ)』が開催される。1…
  6. 【写真】Frederic Edward Weatherly『Peeps into Fairyland(妖精の国を覗き見る)』 …
  7.  市原市アーチェリー協会主催の1日体験教室『60歳からのアーチェリー』が10月16日(水)に開催されます。場所はゼットエー武道場。県内でも数…
  8. 【写真】お店の前で。『十五や』のTシャツを着た藤本さん(後列中央)と田頭さん(右隣)  緑豊かな市原市東国吉で、県道21号…
  9. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1. 【写真】真光寺仏殿(左)。右側は薬師堂が建つ前、本尊を安置していた書院  市原市との市境にある緑豊かな里山、袖ケ浦市川原井…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る