忠僕市兵衛に魅せられて

 「我が居住する千葉県市原市姉崎には、江戸時代の尋常ならざる忠誠心高き者の話が伝わっている」と書いたのは同市桜台に30年ほど住む近藤良捷(りょうしょう)さん(69)。定年退職後に書き綴った随筆集のなかに忠僕市兵衛に関する論考を収めた。知人から姉崎駅近くの妙経寺(みょうきょうじ)に市兵衛の墓があると聞き、興味を持ったのがはじまり。近藤さんは後世に語り継がれる市兵衛を「現代にはいない稀有な人物」と語る。
 時は徳川5代将軍綱吉の生類憐の令が敷かれていた元禄8年(1695)。事件は市原郡で猟師が誤って深城村の女性を撃ち殺してしまうことからはじまる。猟師が死刑になることを恐れた関係する七つの村の名主たちは相談してお上に届けないことにしたが、やがて事件は明るみに出て、名主たちも土地家屋没収、島流しに処された。そのとき、お上に赦免を願い出たのが姉崎村の名主次郎兵衛の下僕であった市兵衛である。自分の娘を奉公に出しお金を工面してまで残された家族の世話をし、次郎兵衛の長男万五郎を背負い何度も江戸の奉行所へ通い続けた。自分を身代わりに島流しにしてほしいとまでいう熱心な嘆願に心を動かされた幕府がとうとう許したのは、10年後の宝永2年(1705)。さらに忠義心の報奨として土地や金銀も与えたという。当時、市兵衛の行動に感銘を受けた、松尾芭蕉の弟子宝井其角(たからいきかく)が句を読み、儒学者林信篤や荻生徂徠も賞賛の一文を残した。戦前には市兵衛を主人公にした小説『上総風土記』(村上元三著 第12回直木賞受賞)と同書を原作にした映画『明けゆく土』(1941)もある。
 市内外の図書館にある郷土史料を調べ、冊子『忠僕市兵衛物語』を残した故斎藤孝三さんの妻信子さんやインターネット上で『姉崎郷土資料館』を開設する石黒修一さんに問い合わせ、1年以上かけて史料を集めた近藤さん。すると、赦免を申し出たのはほかに名主らの関係者もいた、日本橋の米問屋姉崎屋四郎左衛門など市兵衛を支援する者がいた、市兵衛の死後苗字を持つことが許され斎藤と名乗ったなど詳細も明らかになったという。随筆は姉崎の長遠寺にある市兵衛ゆかりの斎藤家の墓にも言及し、「忘れ去られようとする史実の一点を探っていくと当時の農民の暮らしぶりや社会の仕組みもわかる」と江戸の勘定奉行の役回り、元禄15年(1702)にあった赤穂浪士の討ち入り、宝永3年(1706)の将軍家の法事による恩赦との関係などについても考察している。
 近藤さんは「私たちは日々起こる世の中の事件や災害などで気持ちが流されそうになるが、主人の恩に報いたいと無私の心を貫き通した市兵衛の生き方を知ることで勇気をもらえる」と来し方に思いをはせるように語った。尚、姉崎神社の手水鉢には姉前(姉崎)四郎左衛門の銘がある。

問合せ 近藤さん
sakonnosakura@tbz.t-com.ne.jp


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