~考古学に学ぶ祖先からの掟

 もはや巨大地震による被害は他人事ではない。日本各地で相次ぐ大地震、特に今回の熊本地震で、そう感じた人は多いだろう。自然の力には到底かなわない。ではどうやって命や社会を守ればいいのか、どうすれば被害を最小限に食い止められるのか。防災と減災について考古学の視点から見つめ直した新しいタイプのノンフィクション『勇者はなぜ、逃げ切れなかったのか 歴史から考えよう「災害を生きぬく未来」』が今年1月に、くもん出版から発刊された。著者は、長年考古学に携わってきた田所真さん。市原市埋蔵文化財調査センター所長を経て、現在は市原市立中央図書館館長補佐として勤務している。
 2011年に起きた東日本大震災では、多くの被災者が市原市にも避難してきた。その際、田所さんは「考古学は何て無力なのだろう」と感じた。「医療にでも従事していれば、すぐに役立てるのに」と。ところが、衣食住がそろい生活が落ち着いてくると、被災者から「本を読みたい」という声が上がってきた。「復興のために文化が力になれる。歴史や考古学も役に立つのだ」と思えるようになってきた。被害を受けた地域と人を救うためには、今すぐにできることの他に、大人になり未来の社会を築いていく子どもたちに託すべきことがある。それは、今後も繰り返されるであろう災害に備えるということ。「大きな災害に遭遇してきた祖先たちの行動に学び、災害に強い国づくりに役立ててもらえたら」との思いで著わされた同書は、とてもわかりやすい言葉で書かれた児童書。小学校高学年くらいから大人まで、考古学の知識がない人でもスラスラ読むことができる。『日本書紀』などの歴史書や遺跡調査から、昔起きた出来事を紐解き推測。まるで目の前に、その場面が浮かび上がるような文面で綴られている。ハラハラドキドキ探究心をかきたてられる内容だ。「親子で読んで、防災について日頃から話し合うきっかけにしてもらえれば」と田所さん。
 本編では、縄文時代に起きた巨大地震や大津波から、2014年、長野県南木曽町での土石流まで、各時代を襲った様々な災害の爪痕から当時の状況を振り返り、今後の防災、減災にどうつなげたらよいかという問題を投げかけている。
 東日本大震災では、高さ8メートルもの津波が押し寄せた。ところが東北地方で四百八十カ所も知られている縄文時代の貝塚遺跡は、いずれもその被害にあってはいなかった。理由は、語り継ぐことによって守られてきた祖先からの「掟」にあった。「掟」とは、いったいどんなものだったのか?
 群馬県にある榛名山(はるなさん)の火山灰が積もった溝の中で、前に倒れこむようにして発見された鎧姿の男性。立派ないでたちから村人をまとめる立場にあり、「勇者」と呼ぶにふさわしい人物だったのではないかと推測される。男性の近くには女性と赤ちゃん、2、3歳と思われる子どもの骨が残っていた。古墳時代に起きた榛名山の噴火、火砕流が発生した際、村人や馬を安全な場所に避難させたあと、なぜこの4人は村へ舞い戻り命を落としたのか。これらの答えは同書の中にある。読んでのお楽しみだ。
 長野県木曽郡南木曽町読書(よみかき)には『蛇ぬけの碑』が建っている。「蛇ぬけ」とは、木曽地方で土石流を表す言葉。碑文には、こういった内容が書かれている。「里のことわざ 白い雨が降ると、蛇ぬけが起きる 尾根の先 谷の入り口 お宮の前 雨に風がくわわると あぶない…」。昭和28年に同地で土石流が起き、3人の犠牲者が出た。同じ悲しみを2度と繰り返さないようにと7年後に建てられたものだ。そして2014年7月、やはりこの地で土石流が起き1人が亡くなっている。
 「各地に災害の石碑があるが、言い伝えが行き渡らなくなっていることも多い。他地域で起こっている災害を自分のこととして捉え、災害時にどう動くか、前もって家族で話しておくことは大切」。また、「市原市には火山はない。津波や、住宅地における液状化現象の心配も他地域に比べると少ない。だからといって安全と言えるのか。例えば大地震が起きたとき、市原で何が起こりうるのか、考えてみてほしい。首都直下型地震が起これば、多くの被災者が市原市にも逃れてくる。彼らを受け入れる準備を整えておくことも必要です」と穏やかな口調で語った。 
 同書は全国の書店で発売中。『蛇ぬけの碑』のような役割を大いに果たしてくれることだろう。

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