更蝸(こうか)つれづれ 朝凪の贈りもの

 ある年の3月の朝、いつもの様に雨戸を開けると昨夜来の雨も止み、庭木の隙間からキラキラ光る水溜まりが見えていた。冷んやりとした空気に首をすくめ、「だいぶ雨も降ったんだなー」と思いながら手を止めてよく外を見渡すと、広い空き地が鏡の様な水面になっている。しかも、空き地の向かいの神社と大木が水面に映り、大きな水墨画でも見ているかのようであった。
 これは!と思い雨戸はそのままに、急いでカメラを片手に写真の撮れそうな場所に直行した。まずシャッターを1回押し、2回目を押し終わると同時にさざなみが立ち、水面の絵も動き出した。しばらく待っても写真の撮れる静かな状況にはならず、家に戻って残った雨戸を開けた。
 家内にこのことを話すと「雨戸開けっ放しでどこへ行ったのか心配していたよ」と言う。カメラの画像を見せると「私にも見せてくれたら良かったのに!」と言われたが、話をしてから二人で一緒に行っていたら、さざなみの立つ唯(ただ)の水溜まりで終わっていただろう。朝ご飯を終えて再び空き地をのぞくと、さざなみは止むことを知らず、水溜まりは小さな姿となっていた。
 偶然にもここに住み、家の周りの造成が進んで、整地して間もない空き地ができた。春先で草もなく、菜種梅雨の雨と朝凪とすべての条件が重なり、二度と体験できない素敵な光景に出合えたのだ。その後、雨が降るとよく観察していたが、二度とこうした状況は現れず、草もたくさん生え、姿はドンドン変わっていった。
 現在、神社の映ったこの場所は駐車場となり、左側にアパートも建っている。以前は一面の水田だった周囲の景観も大きく変化し、人々の行き交う賑やかな街並みとなった。まさにあのとき、絶妙な一瞬に遭遇できたという感動は、今も忘れることはない。
 
・相川浩:市原市出身。三井造船で定年まで勤め、退職直後の平成20年、自宅敷地にギャラリー・和更堂を設立。多くの郷土の芸術家と交流する。「更級日記千年紀の会」事務局担当。
TEL.0436・98・5251

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ


今週のシティライフ掲載記事

  1.  今年は小湊鐵道開業100周年。これを記念し、アートによる地域づくりの拠点である市原湖畔美術館は、小湊鐵道とコラボプロジェクトを進行中。小…
  2.  成田山公園で毎年行われる冬のイベント「成田の梅まつり」。会場は成田山新勝寺大本堂の奥、16万5000平方メートルもの広大な公園。四季折々…
  3. 【写真】パキスタン・カラチの整備途中の農場で、働く青年たちと田中さん(前列右端)      36年間の市議会議員のあと、パキス…
  4.     ◆一席 記念日を遅れて祝い根にもたれ  一宮町 黒猫胡桃     ・老プランあまく見積り火の車  茂原市 道譯賢…
  5. 【写真】講演する家田さん      昨年12月、市原市市民会館で開催された『令和6年度市原市人権・男女共同参画フォーラム』。男…
  6. 【写真】はにわ博物館展示室の姫塚埴輪        昨年8月、千葉県殿塚古墳・姫塚古墳出土埴輪(総数48点うち殿塚古墳30点、…
  7.  明けましておめでとうございます。2005年5月に「こでまりの夢」のコラムが始まって今年で20年になります。今回は第1回で掲載しました『か…
  8. 【写真】西本さん。大谷家具ギャラリー工芸館にて、展示作品と      大分県別府市在住の竹細工職人・西本有(たもつ)さんは、市…
  9. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1. 【写真】パキスタン・カラチの整備途中の農場で、働く青年たちと田中さん(前列右端)      36年間の市議会議員のあと、パキス…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る