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更蝸(こうか)つれづれ 朝凪の贈りもの
- 2020/3/5
- 市原版, シティライフ掲載記事
ある年の3月の朝、いつもの様に雨戸を開けると昨夜来の雨も止み、庭木の隙間からキラキラ光る水溜まりが見えていた。冷んやりとした空気に首をすくめ、「だいぶ雨も降ったんだなー」と思いながら手を止めてよく外を見渡すと、広い空き地が鏡の様な水面になっている。しかも、空き地の向かいの神社と大木が水面に映り、大きな水墨画でも見ているかのようであった。
これは!と思い雨戸はそのままに、急いでカメラを片手に写真の撮れそうな場所に直行した。まずシャッターを1回押し、2回目を押し終わると同時にさざなみが立ち、水面の絵も動き出した。しばらく待っても写真の撮れる静かな状況にはならず、家に戻って残った雨戸を開けた。
家内にこのことを話すと「雨戸開けっ放しでどこへ行ったのか心配していたよ」と言う。カメラの画像を見せると「私にも見せてくれたら良かったのに!」と言われたが、話をしてから二人で一緒に行っていたら、さざなみの立つ唯(ただ)の水溜まりで終わっていただろう。朝ご飯を終えて再び空き地をのぞくと、さざなみは止むことを知らず、水溜まりは小さな姿となっていた。
偶然にもここに住み、家の周りの造成が進んで、整地して間もない空き地ができた。春先で草もなく、菜種梅雨の雨と朝凪とすべての条件が重なり、二度と体験できない素敵な光景に出合えたのだ。その後、雨が降るとよく観察していたが、二度とこうした状況は現れず、草もたくさん生え、姿はドンドン変わっていった。
現在、神社の映ったこの場所は駐車場となり、左側にアパートも建っている。以前は一面の水田だった周囲の景観も大きく変化し、人々の行き交う賑やかな街並みとなった。まさにあのとき、絶妙な一瞬に遭遇できたという感動は、今も忘れることはない。
・相川浩:市原市出身。三井造船で定年まで勤め、退職直後の平成20年、自宅敷地にギャラリー・和更堂を設立。多くの郷土の芸術家と交流する。「更級日記千年紀の会」事務局担当。
TEL.0436・98・5251