田舎暮らしを楽しみながら、日本刺繍にいそしむ

 早春の日差しが降り注ぐ工房で、刺繍台に向かう大木嘉子さん(70)。日本刺繍を始めて30年、9年前に習志野市から家族と共に大網白里市へ移り住んだ。工房は敷地内の母屋の隣にある納屋を改造した古民家。小上がり部分を茶室にし、本棚には、ずらりと文様の図案集や図鑑、事典などが並んでいる。「日本刺繍の図案は、先人が心を砕き長い時をかけてできたもの。それを私たちは使わせてもらっている。家紋についていえば、これ以上洗練されたものはないと思う。日本人の美意識のひとつである侘び寂び、色に関する細やかな違いを引き出す民族性は様々な文化芸術を生み出してきた。日本刺繍についていえば、たとえば同じ牡丹の花でも刺し方によって幽玄にも写実にもなる」と大木さんは話す。
 移ろう自然や伝統柄の美しさを絹糸の輝きで繊細に表現する日本刺繍。着物や帯、日本人形や相撲の化粧廻しにほどこされている。今、流通している着物や帯の刺繍の大半は機械によるもので、手作業による日本刺繍は希少なもの。
 大木さんは、日本刺繍をたしなんでいた母親に跡を継いで欲しいと頼まれ、この道に進んだ。当初は母親の師であった歌舞伎役者などのポートレートを刺繍する『ひとすが会』の菅原健三さんに師事し学んだ。その後、公募展入選、習志野市美術展入賞を経て、習志野市美術会の会員に。大網白里市に移り住んだ翌年、市内のギャラリーで個展を開いたところ、「是非、教えてほしい」と数人の来場者に言われ、工房で教室を始めた。「人数が少ないから一人ひとりの制作目標に沿った教え方ができる」と大木さんは微笑む。
 敷地内には家庭菜園があり、庭は大木さんが植えた木々や草花が四季を彩る。「茶室に飾ってある黒侘助(椿)や、もうすぐ花期を迎える御衣黄桜も植えたの。夏ミカンは収穫したらジャムやオレンジピールを作りお茶菓子に。野菜は無農薬で育てています。井戸もあるので、お茶で使っているのよ」と大木さん。「へっつい」と呼ぶ竈もあり、ご飯を炊いたり、おでんを作るとか。花の写生で観察眼を磨く。田舎暮らしを存分に満喫している様子が伝わってくる。
 蒐集した図案集を見ながら、「どんなものが使えるか、常に目を光らせているの。自分らしく、どう表現するか考えています。自分の帯に自分だけの桜を刺したい。色々なことをやっていると、皆つながっていると分かる。お茶をやれば花や字。文化芸術はつながりがある。だから今度、茶室を使って『イタズラ』してみようと思っているの」と茶目っ気たっぷりに話す。

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ


今週のシティライフ掲載記事

  1. 【写真】小山さん製作のヤギ小屋の前で、小山さん・中沢さん夫妻 『クラウディオ・コラッロ』のチョコレートは、小山さんと中沢…
  2.  去年の秋から建て始めた小屋作りもやっと終わり、今は家の南側の庭作りを始めています。ここは、自分の理想の庭づくりに満足のいく広さがあり、日光…
  3.  今回ご紹介するシネマは、「冒険者たち」です。製作国=フランス・イタリア、日本での公開=1967年(昭和42年)、1時間53分。監督はロベー…
  4. 【写真】撮影:関口 武  6月8日から13日、夢ホール(市原市更級)で『小湊鐵道を撮る仲間たち』展が開催される。この写真展…
  5.  市原市椎津の住宅街のなか、車1台分の細い道路沿いにある地域の公園『ららぱーく』。昨年11月、『都市の緑3賞(主催:公益財団法人都市緑化機構…
  6.  5月27日(土)、28日(日)、『白子ライオンズクラブ』主催の『白子ホタル観賞会』が長生郡白子町剃金の第3クリーンセンター公園にて開催され…
  7.  毎年大好評の松山バレエ団いすみ公演が、今年も開催されます。4回目となる今回は、同バレエ団創立75周年記念作品として、新演出を加えた『ジゼル…
  8.  地図やコンパスを使い、エリア内に多数設置されたポイントを多くまわって、点数を競う野外スポーツ・ロゲイニング。これに謎解きとミッション(地域…
  9. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1. 【写真】小山さん製作のヤギ小屋の前で、小山さん・中沢さん夫妻 『クラウディオ・コラッロ』のチョコレートは、小山さんと中沢…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る