忘れろ

忘れろ 文と絵 山口高弘

 ソファに寝そべって天井を眺めていました。太陽が高いうちに自分の車を家の前で洗ったのが、少しこたえた。窓の外では、凶暴だった日差しが和らいで暮れていきます。冷たいジュースを口に入れ、夏バテした動物園の猛獣のように無防備な格好で、僕は知らぬ間に眠っていました。何かをし忘れた気がしましたが、やがてそれも忘れました。
 朝になってから、はっと気づいて空を見た。前夜は七夕の夜だったのです。珍しく晴れた七夕に、満点の星空を見上げてみたかった。ああ。毎年やろうと思っていても、些細な事だからその時になると覚えていない。『また来年、機会があったら…』永遠に機会はやってきません。来年の僕は、忘れた事すら忘れているに違いないのだから。
 数日後、洗ったばかりの車を、自宅の塀にぶつけてしまいました。幸い、目立たないかすり傷で済みましたが、『小さい失敗は教訓だ』なんて哲学者ぶって心の整理をして、数日経って乗ろうとすると、やっぱり傷は傷のまま。忘れさせてくれないか…。車は急に治らない。
 シートが倒されてライトが当たります。僕は目を閉じて口を開けていました。歯医者の椅子では誰もが無防備にされてしまう。
「少し時間がかかります、我慢していて下さいね」女医さんの優しい口調の後に冷たい機械が口に入って、「キー」とか「ゴー」とか凶暴な音が響き渡ります。虫歯が削れ、僕は椅子を力いっぱい掴みました。
 ああ神様。「キーン」もう絶対に忘れません。「チュイーン」眠る前には、「ゾゾー」歯を磨くことを。「ウインウイン」だからせめて、「ガガー」早く終わって下さい…。
 口元を押さえて歯医者を出ました。今日のは痛かった。早く忘れたい。傷のついた車で走りながら、名案が浮かびました。そうだ、プリンでも食べてソファでうたた寝すれば、忘れられるよな?

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