江戸時代から続く伝統を守る 行屋での祈り

 市原市上高根にある『行屋』では、毎月8日、20日に地区行人が集まり三山信仰の伝統を守り続けている。今、『月山・羽黒山・湯殿山』の総称である奥州出羽三山を詣った『行人』は地区に約100人。上高根地区は特に、登拝した行人の組織である敬愛講社によって信仰行事がよく保存されていることから、県の無形民俗文化財に指定されている。「上高根地区は大体西暦1681年頃、江戸時代の元禄に三山信仰がスタートした。講と呼ばれる三山の信仰行事は8日講、20日講の2回。囲炉裏を囲んで飲食をし、三山神社拝詞で祈りを捧げる」と話すのは、敬愛講社の前講長である佐久間寛さん(87)。
 朝8時頃に行屋に集まった人々の講は、掃除から始まる。庭に立つ大きなイチョウの木からの落ち葉を箒で掃く者、行屋の木戸を開ける者。「8日は弘法大師空海が湯殿山を開基した4月8日を縁日として8日講ができたと言われているが、20日講は行屋の空気の入れ換えのため、そしてもう1日集まろうという信仰心の深さの表れだったのかもしれない」と寛さん。現在は、農家ではなく勤め人が地区でも多いため、8日講は毎月第1日曜日にもたれることになっている。20日講は平日のために少数だが、8日講にはその倍以上の人が訪れ議題について話し合ったり、人生論や世間話に花を咲かせる。また、「20日講はお弁当を買ってみんなで食べたりするが、8日講では自分達で精進料理を作って食べる。昔は料理も全く油を使わないものだった。どうして三山信仰なのか分からないが、祖先も代々やってきたこと。こうして集まることで、実際に人とのつながりは途絶えることがないし、これからも続いていくと確信がある」と話すのは、現講長の佐久間政吉さん(83)。
 現在は後継者不足に悩んだり、伝統が廃れることを懸念する声を多く耳にするが、上高根地区では三山参りも平均して3年に1度行われるなど信仰心は厚い。行屋の壁上部には、かつて三山参りをした行人の名前が年号と一緒に飾られている。「古参だけで行くのではなく、新人が行くときに経験者も一緒に登拝する。昭和30年頃までは汽車で行き、一週間かかった」と政吉さん。そして、寛さんも「現地の鶴岡駅に着いてからは山を越えて戻ってくるまですべて歩き。宿坊に途中で泊まるとはいえ体力的にはきついもの。歩き続ける気持ちの強さと信仰の深さが必要で、三山に限ったわけではないけれど一週間食事を抜く荒行を乗り越えた者だけが行くなどということが過去にはあったのだろう」と続けた。
 囲炉裏に薪を入れると、ガスストーブやコタツに劣らぬ温かさを放つ。今はまだ開け放っている扉を閉めると、真冬でも囲炉裏ひとつで充分だという。といっても、行屋の中は広い。8畳が2部屋、囲炉裏部分が4畳、本尊を祭ってある内陣や須弥壇部分、土間、板間。祭壇には高さ85センチ余りの金剛界大日如来坐像がまつられ、かつては不動明王像と阿弥陀如来像もまつられていた。
 五穀豊穣、家内安全を祈るため、三山参りを20数回経験している者もいる。「何回行ったから評価されるわけではない。信仰心の具合によるが、親が行っていると子どもにも自発的に芽生えると信じたい。それが続いているからこそ、ここは出羽三山から感謝状も出ている。地域のつながりもある。今はなくなったが、同行ぶるまいといって同じ年にのぼった人が8日講、20日講以外に年1回は集まった。同行の会で飲み会もした。今は交通手段もバスになり日数も減っている。昔は日数もかかったから、行人の家には親戚や近所が農家の手伝いをすることもあった。今は、小湊バスなどでツアーが組まれているので便乗することもある。確かに、信仰心は昔の方が厚かったし、働き方も変わっている。だが、新行人を応援する心、登拝から無事に帰ってくることを願う気持ちは変わらない」と政吉さんは分析する。
 新しい世代がどう引き継いでいけるか、時代がどう変わっていくかは誰にも分からないけれど、彼らの背中をしっかりと見つめていることは間違いないだろう。


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