トラ君のトイレ

遠山あき

 トラ君は我が家のオス猫である。生後二週間ごろ、友人の家から貰って来た。いまだ親の乳房に吸いついていたころだった。ところが、我が家のお隣の人は猫が嫌いだった。まだヨチヨチ歩きの幼児がいて、裸足で庭の芝生で遊ぶのである。山間の農村、野良猫は自由に遊びに来て排泄物を残していくが、知らない幼児はベチャッと踏む。さあ大変、その匂いときたら鼻持ちならない。家中の騒動になる。それで「猫は嫌い」ということになった。我が家では困ったが、トラ君はそんなこととは知らない。
 そこで、猫用トイレ砂を買ってきて、トラ君の寝床の脇へ箱で置いた。さんざん人間語で言ってきかせた。極めて野放図なトラ君、聞いているやらいないやら。トラ君の将来にかかわることだから、こちらも真剣だ。ところが、五日たっても七日たっても、トラ君がこのトイレを使った気配がない。
 困っていたら、ある小雨の日、何気なく生け垣の伽羅の根本を見ると、トラ君が盛んに匂いを嗅いでいた。やがて前足でその木の下を掘り始めた。拳大の穴ができた。匂いを嗅いで、その穴へお尻をつけた。少したって、そこをよくよく嗅ぐと、前足で土をかいて穴を埋め始めた。何度も匂いを嗅いでは土をかぶせ、やがて排泄物をきれいに埋めてしまった。もう一度匂いを嗅いで確かめ、「満足」といった表情になると、トラ君はトコトコと庭を出てどこかへ遊びに行ってしまった。
 私は納得した。彼は我が家設置のトイレでは気に入らなかったのだ。先祖伝来の自家製トイレこそ最高であったのだ。以来、トラ君の排泄物で苦労したことはない。でも、トラ君はいつどこでこんな貴重な習性を学んだのだろう。我が家へ連れてきた時はいまだお乳を飲んでいて、親と外出してトイレの躾をされたとは考えられない。もしかしたら生まれながらに、トラ君のDNAに組み込まれている習性だったのかもしれない。
 してみると、人に飼われて躾けられている犬や猫などのペットが、道端に多数の排泄物を露呈しているのはどうしてだろう。ペット流行のこの頃、マナーのない排泄物にみんな辟易しているのはなぜ? 私はトラ君のあの仕草を見てから考えこんでしまった。

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ

今週のシティライフ掲載記事

  1. 【写真】第1展示室  人々の暮らしを様々な面で支えている人工衛星。ロケットで打ち上げられた人工衛星は地球の周回軌道に投入さ…
  2. 【写真】教室の講師と子どもたち  JR浜野駅前と五井駅前でダンススタジオを経営する堀切徳彦さんは、ダンス仲間にはNALUの…
  3.  市原市不入の市原湖畔美術館にて、企画展『レイクサイドスペシフィック!─夏休みの美術館観察』が7月20日(土)に開幕する。同館は1995年竣…
  4. 【写真】長沼結子さん(中央)と信啓さん(右) 『ちょうなん西小カフェ』は、長生郡長南町の100年以上続いた小学校の廃校をリ…
  5.  沢沿いを歩いていたら、枯れ木にイヌセンボンタケがびっしりと出ていました。傘の大きさは1センチほどの小さなキノコです。イヌと名の付くものは人…
  6. 『道の駅グリーンファーム館山』は、館山市が掲げる地域振興策『食のまちづくり』の拠点施設として今年2月にオープン。温暖な気候と豊かな自然に恵…
  7.  睦沢町在住の風景写真家・清野彰さん写真展『自然の彩り&アートの世界』が、7月16日(火)~31日(水)、つるまい美術館(市原市鶴舞)にて開…
  8.  子育て中の悩みは尽きないものですが、漠然と考えている悩みでも、種類別にしてみると頭の整理ができて、少し楽になるかもしれません。まずは、悩み…
  9. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1. 【写真】第1展示室  人々の暮らしを様々な面で支えている人工衛星。ロケットで打ち上げられた人工衛星は地球の周回軌道に投入さ…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る