作りだす人形は、人生すべてにおける集大成

岩下深雪さん

 長生郡白子町にギャラリーをもつ岩下深雪さん(62)は、江戸に生きた人々の魂を生み出し続けている『江戸浮世人形作家』である。並んだ作品を愛おしそうに眺めながら、「私が一番好きなのは『小鍋立て』。可愛いおじいさんが鍋を火にかけている姿で、前々回の個展に出した時は『豆腐小僧』と同じくらい人気があったんですよ」と話し、クスリと笑った。
 岩下さんが江戸人形作家の道へ踏み込んだのは約20年前。「元々フリーライターとして活動しており、1年間伝統工芸の職人さんに密着する仕事がありました。職人という心意気に惹かれたのも1つの理由です。また、池波正太郎さんの本を読んで江戸に興味を持ったことも理由ですね」と岩下さん。資料を集めたり、とことん研究するのは大得意!まずは錦絵の創始者ともいえる浮世絵師、鈴木春信の作品をビジュアルにしてみようと決意した。それは、「江戸を知っていく中で、一番惹かれたのが『着物の文様』だったから」。誰かが作った線路を走ることは好きではない。自分なりの作品を求めて、岩下さんは夜を徹して独学で作品を作り続けた。
 今までに作り上げた作品は400を超える。ギャラリーに置かれているのはその中のほんのごく一部だが、それぞれに違った味わいがある。お正月に羽根つきをする子どもたち、人形なのに色っぽさをもつ芸者など、浮かべる表情もそれぞれ。艶やかなのは文様だけでなく、かんざしや小物に至るものすべて細やかに手が入れられていて、見入ってしまうのはきっと女性だけではないはずだ。
 「浮世絵は当時のファッション誌的存在でもあったので、優れた意匠性が必須でした。デザインは本当に変わったものが多くて、松茸やリアルな魚も描かれていたほどです」と楽し気に語る岩下さんは、自身の作品に対して「現代でも江戸の人々の人形を作る人はいますが、これほど江戸時代の文様を忠実に再現している人はいないでしょう」と自信を見せる。江戸時代の柄の和紙や布の入手は難しいので、衣装も粘土で作り手描きにするという。
 10年ほど前には、サンフランシスコ総領事館からの要請を受けて渡米。現地で開かれた桜フェスティバルで展示会を行った。持っていく量は衣装ケース3つ分。貿易センタービルテロ事件の影響で、荷物チェックにも敏感な時期だった。「もし壊れても責任が取れないといわれて本当に心配でしたが、行った甲斐はありました!会場で、若い男性が1時間近くも『金魚売り』という作品をじーっと嬉しそうに見てくれていたり、同世代の女性が『現代の私たちより江戸ははるかに楽しそうね』って言ってくれたんです」と嬉しそう。最も幸せを感じるのは、人形を見た時のお客さんの反応が得られた時。彼らが熱心に小さな作品を見つめるのは、岩下さんが人形を描く時に込めた魂に話しかけられているからかもしれない。
 江戸人形作家として忙しいのは冬の時期。人形が置かれたケースにも湿度計が置かれているように、湿気に弱いのだ。完全に自然乾燥させなければならないので、1体を作るのに半年はかかってしまう。「以前、簡単にできないかなと思って電子レンジで温めたことがあるんです。黒コゲになっちゃいましたけどね」と茶目っけたっぷりに教えてくれるが、一度筆と人形を手に取ると彼女の雰囲気はがらりと変わる。冗談を言って恥ずかしそうに笑う顔も真剣に筆を握る顔も、どちらも彼女の本当の姿なのだろう。
 「大変なこともあります。都内で講演をする時は作品を自分で持っていかなければなりません。人形も初めはラフに作って研磨しながら形作るのですが、粉が飛んでぜんそくっぽい症状も出ます。力も結構必要ですしね」というが、彩色に入ると気分は一変。音楽をかけながら大好きな文様を描いていく。現在は100体ほどを同時進行で作っているため、おそらく苦楽を一度に味わっているのであろう。「今は亡き友人が、歌舞伎の世界を描いた個展を見たいと言っていたので、5年以内に実現します」と張り切る岩下さん。1月26日(月)から2月1日(日)まで大網白里市にあるギャラリー『アート エディター スペース』にて個展を開催する予定なのでぜひ足を運んでみてはいかが。

問合せ 岩下さん
TEL 090-7909-0772

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