遠山あき

 「おーい!お茶持って来たぞ」煤けたヤカンをぶらさげたオトラばあちゃんが川沿いの道をやって来た。篭から大きな湯のみを出してヤカンの水を注ぐ。黄色みを帯びた液体が湯のみからこぼれそうだ。口に含むと程よく冷えた水がじわりと口中に広がる。ゴクリ!体中に不思議な霊気が満ちていく。「うまい!」思わず叫んだ。初めての味わいだった。清々しい口ざわり。水分が体中に沁みていくと、それは一つひとつの細胞を甦らせてくれた。まさしく「癒しの水」だった。
 「なんの水?」と聞くとオトラばあちゃんが得意の笑みを満面に広げた。「クコ茶だよ」「ふーん」もう一口、おいしい!「私こんなに美味しいお茶、初めて飲んだ」「そうだろ。オレが作った手づくりだもん、世界中に一つだけのオレの味さ。クコ茶は、川岸に生えているクコの葉を煎じた漢方薬のお茶だ。暑気にやられた時、このお茶を飲むと、たちまち良くなる。だから、昔から農家じゃ今頃にクコの若葉を摘んで蓄えておくんだ」
 「そのクコってどこにあるの?」とたんに皆が笑い出した。「それ、おめえさん、踏んでるでねえか」慌てて足をあげる。私は若緑の葉がついた小枝を踏んでいた。摘むとやわらかい若葉が数枚。「それだよ、それがクコだ。丁寧に摘んでさっと蒸かす。天気のいい日に日干しにするんだ。すぐ乾くよ。カリカリになればそれでよい。それをカンカラにためておいて煎じて飲むんだ」「飲むと気持ちいいわ、清々しい」。
 クコは川岸にたくさん自生している。昔、中国から渡ってきた漢方薬の貴重な薬草であった。春の柔らかい若芽をクコ茶にし、滋養整腸剤として飲用。秋に実る赤い実は干して薬用や和えものに、クコ酒にもする。日本では余り使わないが、根も薬用としては貴重だそうである。
 医薬の普及していなかった昔、農民はこうして天然の薬草を学んで利用していたのだ。以来、私は野山を歩く時、心して自然と先人の知恵に感謝し、尊敬の思いを抱いているのである。

<写真>
花(左)夏8月頃、紫の小花をひらく。葉はクコ茶、クコ飯、おひたしに。実(右)美しいツヤツヤした実はクコ酒や干して薬用に。


Warning: Attempt to read property "show_author" on bool in /home/clshop/cl-shop.com/public_html/wp-content/themes/opinion_190122/single.php on line 84

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ


今週のシティライフ掲載記事

  1. 当ホームページは、2/17に新ホームページのオープン予定のため、情報掲載が1/31までとなります。 2/17までに開催するイベント等…
  2.  昭和を代表するスター「石原裕次郎」は今年、生誕90年。映画やドラマで大活躍し、歌手としてもヒット曲多数。誰からも愛された「裕ちゃん」の魅…
  3.  鉄道写真愛好家の皆さんへお知らせです。今年6月5日(木)~6月10日(火)に開催予定の『小湊鐵道を撮る仲間たち展』に写真を出展いただける…
  4.  今年は小湊鐵道開業100周年。これを記念し、アートによる地域づくりの拠点である市原湖畔美術館は、小湊鐵道とコラボプロジェクトを進行中。小…
  5.  成田山公園で毎年行われる冬のイベント「成田の梅まつり」。会場は成田山新勝寺大本堂の奥、16万5000平方メートルもの広大な公園。四季折々…
  6. 【写真】パキスタン・カラチの整備途中の農場で、働く青年たちと田中さん(前列右端)      36年間の市議会議員のあと、パキス…
  7.     ◆一席 記念日を遅れて祝い根にもたれ  一宮町 黒猫胡桃     ・老プランあまく見積り火の車  茂原市 道譯賢…
  8. 【写真】講演する家田さん      昨年12月、市原市市民会館で開催された『令和6年度市原市人権・男女共同参画フォーラム』。男…
  9. 【写真】はにわ博物館展示室の姫塚埴輪        昨年8月、千葉県殿塚古墳・姫塚古墳出土埴輪(総数48点うち殿塚古墳30点、…
  10. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1. 当ホームページは、2/17に新ホームページのオープン予定のため、情報掲載が1/31までとなります。 2/17までに開催するイベント等…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る