認知症の義母がくれた贈り物

切り絵作家 井上 瑞穂 さん

 「制作をしているとメチャクチャ面白くて瞬く間に時間が経ってしまいます。1昨年に亡くなった義母の介護中ももう食事の時間だとハッとすることがよくありました」と話すのは切り絵作家井上瑞穂さん(74)。64歳で営業職を退職し、ようやく自分の好きなことができると思っていた矢先、県外から呼び寄せ同居していた義母の様子がしだいにおかしくなっていった。ある日、警察から呼び出されたのをきっかけに、認知症と判明。事情があって妻の代わりに面倒を見ることになった。「実は不可解な行動も多く、初めは義母を好きになれませんでした」と明かす。
 それでも2009年65歳のとき、義母の介護の勉強をしようと千葉県生涯大学校の福祉科に入学。家にいてもできる切り絵をクラブ活動で習う。卒業した2011年、自分の切り絵の評価を知りたいと公募展に出すと第26回国民文化祭・京都府知事賞に輝いた。東日本大震災で風評被害に晒される漁業者への応援歌として制作した、売れない魚を前にした子どもたちを描いた『ともだち』という作品。2014年、同じように風評被害に悩む農家に心を寄せて作った、大根を収穫する子どもを描いた『子供達の讃歌』がミレー生誕200周年記念芸術祭アートラベル展にて仏日文化嬋媛金賞を受賞し、日本酒のラベルとしてフランスのベルシー美術館に永久収蔵された。他にも受賞歴多数。
 絵の勉強はしたことがない。「営業の仕事はモノを売るのではなく感動を売らなければなりません。その経験が役に立っているのかな。切り絵も自分のワクワクドキドキがないと人に感動してもらえないですから」。アートナイフ一本で紙を切り、色は歯ブラシと網を使うスパッタリングという技法でつける。龍、猫やバラなど題材は幅広い。
 同時進行で介護も行った。「2階のベランダから逃げ出そうと義母が体に紐を括り付けて乗り出していた事件もありました。まさに映画『タイタニック』のワンシーンです」。妄想が出るようになると「好きな人ができたと言って、隣の家に上がり込んだり、義夫の仏壇に謝る手紙を置いたりしたこともありました」と面白おかしく苦労を語る。
 妻とは義母が寝たきりになったころ離婚した。現役時代は出張で全国を飛び回り、家を空けることが多く、いつの間にか気持ちにズレができていた。「妻に任せれば共倒れになることは目に見えていました」と義母を引き取った。問題は次々と起こったが、「工夫して解決することが楽しみになってきました。仕事に比べればできないことはありません」。義母を楽しませようとベッドの上の天井に切り絵を張った。便秘には野菜をすり潰して与え、口が乾燥で閉じなくなると霧吹きを使うことを思いついて凌いだ。「眠れない夜もありましたが、介護する人が自分の人生を大切にしていなければ、良い介護はできません」と自分第一の姿勢を貫いて何とか乗り越えた。「義母がいなければ切り絵で評価されることも、再婚することもなかったでしょう。いいことずくめでした」と感謝する。
 自分の性格は「不器用ですね」。一つの事を突き詰めるタイプのようだ。頼まれれば断れない。認知症家族交流会『穂垂(ほた)るの会』会長も務める。「義母は認知症でも感情を持った人間だということを教えてくれました。介護士に罵詈雑言を浴びせたのも言葉では伝えられない原因があったのでしょう。最近はユマニチュードという介護される人に寄り添った認知症ケア法もあります」と介護の苦労と知恵を多くの人と共有したいと考えている。
 『穂垂るの会』定例会は東金市ふれあいセンターにて毎月第2木曜13時30分~15時30分。切り絵は東金(株)角栄リフォームズ教室第2・4月曜13時~16時、おゆみ野ふれあい館教室(60歳以上)第1金曜13時~15時、 城西国際大学コミュニティカレッジ(問0475・55・7685)春学期5~7月第1・3月曜10時~12時、各教室1回1500円。リソル生命の森(問0475・35・3333)切り絵講座第1・第3火曜日午前の部10時~12時午後の部13時~15時 料金問い合わせのこと。全教室材料費別。
 匝瑳市にある松山庭園美術館にて3月2日~4月15日『十人十色楽しい個展めぐり』に出品予定。

問合せ 井上さん
TEL O90・7171・1701

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