復帰
- 2018/3/9
- 市原版, シティライフ掲載記事
文と絵 山口高弘
友人6人で集まる機会があって、昔よりだいぶ太った独身貴族の友人が、熱燗で顔を赤くしながらまだこんなことを言う。「結婚するなら美人がいいな」当然、既婚者たちから一斉射撃です。「何言ってんだ、性格、性格だよ」「どれだけ尊敬し合えるかでしょ?協力と尊重と、親切心だよ」集中砲火は止まりません。「モテたいなら、もっと『シュッ』としたら良いのに」「痩せろってか。分かったよ」「目標立てようぜ」「10㎏痩せてやる」「いつまでに?」「5月の連休…には」結論が出ました。「よし!大型連休にバーベキューで集まろう。その時に10㎏痩せてたら全員からご褒美。失敗でも努力賞で当日の飲み代はおごり」「余裕だよ」独身貴族は強がりました。「来月にだって達成してみせるさ!」
ああ、自分に矛先が向かなくて良かったと僕は安堵して、鯛の煮付けを口に運びました。最近太り始めた僕は、問い詰められたらこう返していたはずです。「今おごるから『約束』は勘弁してくれ」と。とはいえ、内緒で僕も挑戦してみようと思い立って、スポーツジムに通い始めることにしました。なあに、前に鍛えていたからすぐ痩せる。悪い自信は二十代のまま向かいました。スポーツ選手が着る、筋肉が浮き出るようなトレーニングシャツをわざわざ買って。
すぐに後悔しました。ジムの鏡に映るおじさんが自分でした。シャツは、筋肉どころか「ぽにょっ」と出たお腹をただ強調するだけ。腕を上げればヘソが出そうだ。まずい、まずいよ。ジムのテレビでは、羽生選手の金メダルのスケートが再放送されていました。俺にはスポーツの栄光時代なんてないけど…自分なりにカムバックしてみようか。最後に羽生選手がバーンと両腕を広げて、テレビがワッ!と湧きました。
☆山口高弘 1981年市原生まれ。
小学4年秋1年半、千葉日報紙上で、毎週、父の随筆イラストを担当し、本紙では97年3月イラストやエッセイを連載。