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一からの春
- 2019/4/25
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大きい!初めて行ったアメリカの店で、ジュースを頼んだ時の感想です。一九九五年、僕は中学生。市原市の姉妹都市・モビール市の家庭にホームステイする機会に恵まれ、全てが大きい国の、おおらかな日常に驚いていました。僕は簡単な英語しか話せない『外国人』でした。
日本語のない生活に多少は慣れてきたある日。ステイ先の同年代の男の子に呼ばれました。「野球やろう!」打ち解けるには…野球選手のモノマネしかないよな。僕はその時メジャーリーグで大活躍していた野茂英雄投手を真似て、「ノゥモ!」と体をねじって投げました。彼は笑い、「チッパージョーンズ!」と言って打ちました。アトランタ・ブレーブスで活躍した両打ちの打者、野茂のライバルです。
僕が打つ番になりました。次は誰を真似ようか。当時、メジャーに日本人打者はいませんでした。そうだ、あの選手を教えよう。僕は肩を回してバットを立て、こう言いました。「イチロー・スズキ!」「…誰?」男の子に聞かれ、僕は中学英語を組み合わせて大風呂敷を広げてみました。「日本一の野球選手だよ。二百本ヒットを打つんだ。いつかアメリカに来て成功する。覚えておいて!」イチローの真似が効いたのか、僕の打球は庭の奥の茂みまで飛んでいきました。
時が経った今、あの時の僕を彼は覚えていないかもしれない。でも、もうイチローを知らない筈はないでしょう。アメリカ全土で、世界中から来た大男たちが人生かけて投げる球を、三千回も打ち返したのだから。
イチローが引退しました。新元号元年も始まります。変わらず春はやってきて、新しい人との出会いもあって。「何千」とは言わなくとも、一つ二つと積み上げて生きようと、何となく思います。
小学4年秋~1年半、毎週、千葉日報紙上で父の随筆イラストを担当し、本紙では97年3月~イラストやエッセイを不定期連載。