潮騒を遠く聴く 週末だけの美術館 和泉奏平美術館【山武市】

 山武市本須賀海岸のほど近く、住宅街の一角に、和泉奏平美術館がある。1993年に48才と若くして逝った画家・和泉奏平の遺作を、自宅アトリエで展示・公開している。妻の春美さんが館長を務め、訪れる人にお茶をもてなし、画家の思い出話や絵の話に花を咲かせる。年内には、千葉市若葉区のギャラリーcue9で、『生誕75年記念展覧会~愛おしさと慈しみと~』を開催する予定だ。

早逝の画家 和泉奏平

 1954年、愛媛県松山市に生まれた和泉奏平さんは、生後間もなく小児麻痺により右足が不自由となった。小学1年生で父親を失うという不運にも見舞われる中、小学3年時の担任の教師に絵を褒められ、絵描きになることを決心した。松山の高校を卒業後上京し、光風会研究所に学んだ。73年には富士山を描くため山梨県富士吉田市に移住し、そこで妻の春美さんと出会った。81年の日本橋室町ギャラリーを皮切りに、ガンで亡くなるまで11回の個展を開催。『冬紀行シリーズ』『北海道シリーズ』『蜃気楼シリーズ』など数多の作品が生まれた。また、長年意欲的に公募展に出品し、様々な賞を受賞した。
 ほぼ独学で画業に励んでいた奏平さんに転機をもたらしたのは、83年、小説家の故水上勉さんとの出会いだった。「食事がまずくなるような絵はいけないよ。芸術には救いがないとね」との水上さんの言葉に作風がガラッと変わった。肩の力が抜けたように、絵を描くことが楽しくてたまらない様子だったという。

遺された作品を後世に

< 和泉夫妻が山武市(旧山武郡成東町)に転居したのは、86年のこと。その7年後に奏平さんは他界した。その後春美さんの熱意と知人らの後押しで、美術館は2010年5月に開館し、今年で10年が経つ。
 自宅2階のアトリエには、『苦海浄土』(変500号)、『冬韻流転』(変500号)、『野生の陣』(150号)といった作品が、常設展示されている。和泉グリーンとも呼ぶべき緑色がベースとなっている迫力ある大作だ。それぞれの作品には、春美さんの書いた解説が添えられている。「本人が直接言った言葉ではありませんが、絵を描く姿をそばで見ていた私が、本人はこういう気持ちだったのではないかと想像して書いています」と、春美さん。その中でも、「『苦海浄土』という作品は、和泉がどうしても描かなければならないと、ずっと構想をあたためていたものです。『生きるとは』『人間とは』『救いとは』との問いが彼の中にありました。いざ描き始めると、一気呵成という言葉そのままに、寝食を忘れて描き上げました」と、説明する。
 その隣の部屋には、うってかわって明るく優しい色合いの作品が並ぶ。この部屋は、春美さんがテーマを決め、年に2回のペースで作品を入れ替えている。現在の展示テーマは、『少女と少年と、男と女と』。人物画の多くには動物や鳥がともにいて、自然と人間の関わり合いが描かれている。次回の展示の予定は、『北海道シリーズ』とのことだ。

一番のファンとして

「会話の多い夫婦でした」と、春美さんは奏平さんとの思い出を語る。奏平さんの運転する車で、よく取材旅行に同行した。「単なる風景を描きたかったわけではなく、人間を描きたかったのだと思います。『冬紀行シリーズ』では、当時バブルで消えゆくよき日本の姿を描きとどめたいと筆を走らせていました。和泉はありとあらゆることを犠牲にして、絵を描くことに命をかけていました。それが作品に出ています。観てもらうに値するものと信じています」と、話す。  現在、春美さんの手元には、300点近い作品が残されている。折に触れ、都心や地元の公民館で遺作展を行っており、予定されている『生誕75年記念展覧会~愛おしさと慈しみと~』もその一環だ。会場のギャラリーcue9は、社会福祉法人九十九会の福祉作業所の片隅にある。前期は『動物と人』、後期は『鳥と人』をモチーフにした作品群をそれぞれ展示予定。「美術館を開いたときは、画家・和泉奏平の女房としてでしたが、今は和泉の絵の世界観が好きで、一番のファンとして美術館を続けています」という春美さん。遠く潮騒を聴く美術館で、静かに和泉奏平作品の守り人をしている。




【和泉奏平美術館】
開館日:(金)(土)(日)10~17時
入館料:300円 (高校生以下・障がい者手帳等お持ちの方無料)
山武市本須賀3841の371  
問合せ:和泉春美さん
TEL.0475・84・0868

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