観る人の記憶を揺り動かす風景画

観る人の記憶を揺り動かす風景画
デジタルアートクリエイター 遠藤 シンさん

 ウェブデザイナー、イラストレーター、フォトグラファーなど仕事の肩書がいくつもある遠藤シン(本名遠藤信)さん(56)。いすみ市市民ギャラリーで『遠藤シン作品展』を開くきっかけとなったのは昨年の『第1回いすみの風景画展』に出品した1枚の絵だった。手描きの水彩画や油彩画のなかにデジタル絵画が1点だけ。その異彩さだけでも目立ったそうだが、来展者の反響は大きかった。「ありがとう」とか「癒された」とアンケートに多くの感想が寄せられ、昨年末、いすみ市から個展を開くことを打診されたという。出品作は太東岬展望公園の風景で『灯台の丘』と題されているが、灯台は描かれていない。「作品の白いワンピースの少女に観た人の心象風景が重なったのでは」と遠藤さんは言う。

 デジタル作画とはパソコン上で描いた絵のこと。パソコンにペイント・ソフトウェアを取り込み、ペン・タブレットとつないで描く。紙のかわりにタブレット上でペンを動かすと、連動したパソコンの画面に線を引いたり色を塗ったりできる。線の太さや濃さは筆圧感知機能で変えられる。塗りやグラデーションをかけられる色は1600万色以上。遠藤さんは目的別に部品からパソコンを自作し、それぞれ使い分けている。
 題材は散歩しながら探す。「いすみ市は日本の原風景と言えるような美しい場所が多い。描く対象を異なる位置からカメラで何枚も撮影し、それを参考に理想の風景を描き上げていく」。デジタル作画には何枚もの透明シートを重ねるレイヤー機能があり、それぞれのシートのキャラクターや樹木だけ動かしたり、大きさを変えたりできる。木の陰から屋根だけ見える民家も実は全体を描写しているそうだ。人物は目の輝き、まつ毛、唇の陰などを丁寧に入れたあと、縮小して背景に重ねるので緻密だ。「絵を描くのは楽しい。自分が感動した光景をイメージ通り表現するのは喜び。それを人に伝えたい」と遠藤さんは目を輝かせ話す。どの作品も作者の人柄そのまま、明快で都会的なセンスがある。登場人物には物語性があり、風景にある種の清涼感を感じるのは透視図法、空気遠近法など確かな作画理論に裏打ちされているからだろうか。

 東京御茶ノ水生まれ。親子三代続く江戸っ子。東京近郊で育った。「子どものころは手塚アニメや石ノ森アニメに夢中」。中学校時代は野球、高校はアメリカンフットボール、大学ではサーフィンにのめり込んだというスポーツマン。ひとつを極めると次の新しいことに取り組むのは今と同じ。社会人になってからは東京六本木でITベンチャー企業を創業。先端ビジネスの旗手として注目された。しかし、40代になると仕事のストレスから適応障害を発症。通勤が困難になったため在宅ワークにシフトした。それと並行するように、父親が認知症になり、母親と二人で介護をすることに。ウェブデザインもプログラムも作画も一人で学び、21年間経営した会社は閉じた。その後、介護疲れで母親が他界。父親も亡くなり一人になった。

 華やかな過去を封印し、田舎暮らしをしようとインターネットで家を探し、2006年、気に入って移り住んだのがいすみ市大原だった。房総は曾祖父の出身地。明治以降、酪農発祥の地、嶺岡牧場とつながりのある嶺岡牧舎という牛乳屋を東京で営んでいたという。「いすみ市は生活するには何でも揃い、便利。その上、ミヤコタナゴ、ゲンジボタルなどが生息する豊かな自然が多く残されている」。移住後、最近の日本アニメの素晴らしさに気付き、デジタル作画を本格的に描くようになった。元起業家としての嗅覚も鈍っておらず「アニメ・絵画・工芸などの文化は今後の日本経済の救世主になる」と熱く未来を語る。「僕は自分にしかできない新しいものを開拓していくのが好き。デジタル作画は一人でできて、世界中の人を感動させられる。40代で経験した苦しみはビジネス人生を終えるよい機会だった。アートという正しい方向に導いてくれた」。今年、電子書籍が本格化したことを機に大人が癒される絵本を作る計画だという。「第二の人生、いつだって遅過ぎることはない。これからは自分が好きな道で社会貢献したい」。いすみ市から世界に発信するアイデアは尽きない。

『遠藤シン作品展』
10月6日まで(9~16時30分)入場無料
問合せ いすみ市市民ギャラリ
TEL 0470・63・1139 

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