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この春だ
- 2015/3/6
- シティライフ掲載記事, 市原版

文と絵 山口高弘
おお久しぶり!変わってないなあ! 着物姿の店員に案内されて僕が小部屋に入るなり、明るい声が飛び交いました。友人たちの顔を見渡します。「パーマ姿初めて見るな」「出世したから貫禄つけようかと」「この前の競馬で一発当てた」「この肉美味いな」会話の内容、悩み事の少なさ。十年前の生意気な若さは鮮度そのままです。「そうそう、子供が生まれるんだ」「俺も、春に」結婚した連中は家族が増える直前でした。「お前が父親か!子供は絶対、言う事聞かないな!」笑い声が爆発して、上品な和室が壊れそうになりました。
夜も更けて独身貴族の友人宅に上がり込み、暖房も点けずに数人で話を続けていると、家の主がDVDを持ってきました。汚い字で『思い出』とある。「学生時代の映像。バイト仲間たちとのね」皆で画面を見つめました。海のシーンから始まりました。『録画始まってる?やだあ』一人の女子大生が波打ち際でズボンをたくし上げていて、今よりも細身な家主が、水をかけてからかっています。誰かが滑って海に浸かり、笑い声が聞こえました。画質が粗くて遠い遠い昔のようです。
「俺、この時大好きだったんだよこの子が。何回も振られたっけな」『現在』の家主が呟きました。叶わぬ恋だったと知って画面を見ると、笑い声が胸に刺さる。「今はどうしてる?」僕の質問に彼が答えました。「彼氏との将来に迷っているらしい。最近やけに、俺、この子に頼られてる」するとソファで眠りかけた別の友人が突然、がばっと起きて叫びました。「今だよ、今!いけ!この春だ!」
外は冬の朝ぼらけ。窓は曇っています。春までもう少し。蕾が膨らんで、どんな報告が咲くのだろう。古ぼけた海の映像は、結婚式で流される、夫婦の紹介ビデオのようにも見えました。
☆山口高弘 1981年市原生まれ。小学校4年秋から1年半、毎週、千葉日報紙上で父の随筆イラストを担当し、本紙では97年3月からイラストを掲載、06年から本連載を開始。「今年もイラストそして文章の中で、あたたかい光景と人の温度をお届けできればと思っております。よろしくお願いいたします」
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