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歌うように奏でたい ストイックな練習が今を築いた
- 2016/2/26
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サックス奏者 石田玄紀さん
長生郡長南町在住の若手サックス奏者である石田玄紀さんが6月に制作したオリジナルCDは、現時点でほぼ完売。日々、精力的に作曲やライブ活動を行っている。「音楽はずっと身近な存在でした。幼稚園の頃にエレクトーン、小5でドラムを習い始めました」とはにかむように笑いながら話す石田さん。高校時代にはすでにブルースバンドを組み、大人達に混じって仙台までライブのため足を運んだこともある。「中学校時代は野球部だったので、将来音楽活動をするなんて思ってもいなかった」が、今では都内を含め地元でライブを開催することもあり、「長生は田舎だけれど、こんな子がいるなんて!」と驚かれることも多いといい、それが活動の喜びにもなっている。
そんな石田さんがサックスに興味をもったのは高校生の時。有名なサックス奏者の演奏を聴いて魅了された。サックスを吹きたくて、一宮商業高校の吹奏楽部に入部。初めて扱う管楽器に「最初は音が全くでなかった」とか。だが、毎日のように部活で3時間、先輩に教えてもらうことで吹く楽しさを覚えた。難しい曲も練習しているうちにできるようになり、その頃はバンドでドラムの活動もしていたが、サックスはメロディーがあることで聴いている相手にも率直に感性が伝わる魅力にどんどん引き込まれていった。
そして、3年生の時、ジャズサックスのCDを聴いてからは譜面にとらわれない自由な演奏に惹かれ、ジャズを学ぶため尚美(しょうび)ミュージックカレッジ専門学校に進学。友達と遊ぶこともせずに早朝から専門学校の練習室にこもり、ストイックにただサックスと向き合い続けた。周囲の生徒は高校時代やそれ以前からサックスになじんでいる人がほとんどなので、基礎力が全然違うことを突き付けられる。対等に、そしてそれ以上に実力をつけるためには練習をすること以外になかった。
進路を選択する時は、不安もあった。「音楽では食べていけないと別の道へ進む人もいました。今は応援してくれている母も、当時は反対していました。周囲との実力の差に悩んで泣きながら練習している姿を見ていましたしね」と思いだしたように笑うが、石田さんの決意は固かった。
卒業してからライブ活動を始め、オリジナル楽曲もすでに30曲を書き上げて披露している。自宅近くの海をイメージすることが多く、「風景の見える曲を書きたい」と願う石田さん。専門学校で学んだ音楽の理論を生かし、今は『どのような曲調、メロディーが人々の心を掴む音楽』になるのか研究を続けている。その上で制作したCD『GOOD WAVE』は、オリジナル曲をまとめて形にしたいという想いとは別に、CDを作るためにはどれだけ裏方の力が必要か学ぶためだったと明かす。
ジャズ独特の吹き方に憧れ、「各プレイヤーの真似をして吹く練習をよくしました。でもオリジナルを練習するにつれて自分の表現を大事にしたいと思うようになったんです。それからは、より効率のよい吹き方や音圧を上げるための工夫したり、クラシックの勉強もしました」とあらゆる面での成長を感じるように。サックスは『人を喜ばせられる手段で道具に過ぎない』と穏やかに話す姿とは違い、演奏中に見せる顔は力強い。アルトの深みある音が、腹の底に響いてくる。しなやかに動く指は、サックスを撫でるように駆け回る。「演奏中は緊張しないんですが、ライブの前日は楽しんでもらえるか不安になる時もあります。少し人見知りで、人間観察をしているほうが好きなんですよ」と笑うが、だからこそ入念な準備を行うため、ハプニングが起きたこともないとか。
石田さんの挑戦は、まだ始まったばかりだ。10年後を想像するなら、「今よりもっと広い会場でたくさんの人に聴いてもらいたいですね。有名なミュージシャンのバックで演奏できるようになっていたら」と期待に胸を膨らませた。ちなみに、石田さんはライブ活動の他に、現在市原市内を含め近隣地域でサックスの指導をしている。要望があれば出張も可能。ライブを含めて詳細は問合せを。
問合せ 石田さん
ishidaharuki0311@gmail.com