自らの地域を自ら守る 何かを造るよりも大切なものを守り、生かし、残す

市原ルネッサンス事務局長 松本靖彦さん

 12年前、教職を退いたのちに、都内から市原市柿木台へ移住してきたフリーアナウンサーの山川建夫(ゆきお)さんや、市内寺谷から小湊鉄道沿線を撮影しに通って来ていたカメラマンの西坂百生(はくお)さんと「荒れてしまった里山を皆に呼びかけてキレイにしよう。人と自然の復興、ルネッサンスを」と、『いちはらルネッサンス』を立ち上げた市原市飯給在住の松本靖彦さん(72)。会のメンバーは15人ほど。そのベースとなるのは、松本さんが市原市立加茂中学校に勤務していた時の教え子たち。「今は皆、もう60歳近いから忙しくて、なかなか活動に参加できない。でも、必ず一緒にやってくれる人が10人ぐらいいるから有り難いよ」と松本さん。現在は共に活動を始めた2人はいない。山川さんは広島県に移住し、西坂さんは故人となってしまった。でも、「仲間が財産」と言う松本さんの周りには、郷土の活性化をという思いを持つ人たちが集まる。本人曰く「俺にやらされちゃったと、被害者の会つくったんだって(笑)」とのことだが、「自分が皆と一緒になって汗を流さないとダメ。口先だけでは誰もついてこない」と、率先して提言したり熱心に作業に取り組む姿が共感を呼び、皆をやる気にさせるのだろう。
 「水と里山は切っても切れない関係」と言い、養老川水系は全て歩いたと松本さん。そうして、見つけた滝の数は大小合わせ20以上。最初に「復活させた滝」は小湊鉄道里見駅から2キロの場所にある『土太郎の滝』。活動の出発点となった滝である。松本さんが子どもの頃、よく水遊びをしていたというその滝は、三段で落差約10メートル。養老渓谷に次いで、市内では落差がある滝だとか。しかし、12年前に久しぶりで滝を見に行くと変わり果てた姿になっていた。周りは笹藪に倒木、古タイヤの不法投棄。このままにはしておけない。昔の姿に戻さなくては!と、地元の有志や加茂中の子どもたちと2週間かけて伐採や清掃作業をした。以後、月崎から久留里へ向かう途中にある柳川渓谷の美しいモミジが竹藪に覆われているのを取り払ってきれいにしたり、地元にあるハイキングコースのトンネル脇の谷へ大量に不法投棄された何十台もの冷蔵庫や洗濯機、テレビ、車椅子、軽自動車等々の回収作業を行う(初回は市内鉄工所の協力でクレーンを使っての大型ゴミ回収)など、自然景観を損なうものは撤去するよう尽力した。
 同時に10年以上続けているのが、小湊鉄道沿線を花で彩ろうと地域活動団体と市民が共に、菜の花の種まきをする2005年にスタートした『花プロジェクト』。市原市が観光スポットの発信と沿線地域の活性化を目標に参加者を募り、毎年9月、小湊鉄道五井駅から乗車した参加者が担当駅で下車し、その駅担当のボランティア団体と種まきをする。いちはらルネッサンスのメンバーも飯給駅を中心に菜の花畑を整備した。沿線を菜の花でいっぱいに、と周辺地域にも呼びかけてきた松本さん。更に、種まきのため5月に養老渓谷近くの菜の花の観光スポット石神で菜の花の種採りをし100キロ以上収穫する。
 紅葉が終わり早春の菜の花までの冬の観光目玉にと始められたイルミネーション。今では冬の一大観光スポットともなったクオードの森(市民の森)のイルミネーションがスタートしたのは10年前。次に小湊鉄道沿線駅舎のイルミネーションを始めたのが、飯給駅と里見駅。飯給駅のイルミネーションを取り付けるいちはらルネッサンスでは、12月の点灯に向け10月末から準備に取りかかる。電気代は小湊鉄道が負担するが、作業に費やす労力や道具は自己負担の無償ボランティアだ。
 また、地域の自然と環境を再生し、人と活動をつなぎ、魅力あるふるさとを次世代に残そうと、約10年前に市原ルネッサンスの呼びかけで始まった『里山会議』。年に3、4回開かれているが、当初、『加茂里山会議』と称し、市原市南部の里山で活動する8団体が集まっていた。その後、牛久も加わり16団体の南市原里山連合の会議・懇親会の場となり、市役所担当部署の職員や小湊鉄道石川社長ほか、その時々の関係者も参加して交流を深めている。
 月崎公民館で参加費千円で行われる南市原里山会議同様に、「お金をかけずに人が集まる」がポリシーの松本さんが胸を張るのは、飯給駅前にあるギャラリーいたぶの存在。通年、毎週土日曜にオープンする入場無料ギャラリーで、いちはらルネッサンスのメンバーでもある市原市在住の画家・前田麻里さんの作品や、松本さんの撮影した小湊沿線の風景写真等が展示されている。
 ギャラリー内には大きなテーブルが置かれ、道に面した場所だけに小湊鉄道の列車や駅周辺ののどかな景色が、のんびりと座って眺められる。周辺に店がない飯給を訪れた人をもてなす場をと、松本さんが活動を始めた頃に家主の木村洋子さん・まり子さん姉妹に頼み、会の活動に賛同したお二人が会員になると同時に、昔、雑貨店だった店を片付けギャリーに改装してくれた。この費用のみならず、ギャラリーの賃料や光熱費などもお二人が負担し、来訪者には無料で茶菓子を振る舞っている。
 会の活動の拠点であると同時に、毎年開催する春の菜の花祭りやクリスマスシーズンのイルミネーション祭りの会場でもある。祭りでは美味しいと名物になった評判の里山カレーやコーヒー、豚汁を格安で提供している。飯給駅も沿線数カ所に点在する「撮り鉄」といわれるカメラマンから人気の小湊鉄道撮影スポットゆえに、列車待ちの間の休憩にと立ち寄る人も多い。鉄道写真家の中井精也さんも訪ねてくる。「世界一大きなトイレ」を見物しにドライブがてら飯給を訪れた人がギャラリーで、ひと休みすることもある。
「こんにちは」と入ってきて、大きなテーブル越しに初めて出会った人たちが自然体でお喋りできる温かさの漂う空間だ。ぶらりと寄り道し、気兼ねなく立ち去ることができる大らかな雰囲気でもある。ちなみに、中学生の頃から「カメラ小僧」だった松本さん、退職後に撮りためた作品の写真集『鉄路の四季』は、このギャラリーで販売している。
「普段の活動のメインは草刈り。飯給駅周辺だけでも年に7回はやる」松本さんたち。「名所が増えるよ!月崎と大久保間に紫陽花を植えるんだ」と、瞳を輝かせる。小湊鉄道が里山トロッコ列車の運行を始めたので、これに合わせた飯給での取り組みも仲間と検討中だ。仕事でもないのに、寒暖の厳しい季節に屋外での作業をしていて、しんどいと思うことはないかと尋ねると、「みんながパチンコやってる時に、自分はこの辺をウロウロしてるだけだよ(笑)つらいと思ったらやらないよ」と全く気負ったところがない。この地域に「人が来るように、結びつくように」が松本さんの願いだ。「すごい絶景があるわけではないが、ちょっと探せば懐かしい風景が残っている。この村には色々な風景や良い所がある。それを守り、生かし、残していきたい」失われつつある日本の原風景、日本人の心の拠り所を、飯給で、南市原で見つけてほしい、感じてもらいたいとコツコツと活動を続ける。
 写真愛好家からの花暦のリクエストに応じるため、軽快なフットワークで沿線各地の風景写真を撮影しに行き、自身のブログにアップしたり、健康・文学・ハイキング等の公民館講座の講師を幾つも引き受ける他、「飯給駅から15歳で集団就職した小説(未発表)」も書いた松本さん、市原看護学校で国語の講師を務めたり、つい最近はアートイベントでのゲストトークにも招かれるなどと多忙な日々を送る。「地域のためになることなら何でもやる」と笑顔を見せる。
 若い頃は陸上競技(三段跳び・高跳び)の選手で、教員時代は陸上部の顧問として、競技を通じて子どもの能力を最大限に引き出す指導法で、無名だった陸上部を県下でも強豪校にした実績を持つ。現在も市原市陸上協会の会長職であることに、「ライフワーク」ときっぱりと言い切る。健康の秘訣は「忙しいこと。身体を鍛える暇もない」と笑う。飯給駅前にある白山神社の鳥居の下から、小湊鉄道の列車を眺めるのが一番の安らぎだという。

問合せ いちはらルネッサンス 松本靖彦さん
TEL 0436・96・0636

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