いつかの手触り

文と絵 山口高弘

 肌にへばりつくような湿気が部屋に充満しています。僕は掃除をしていました。書類や雑誌のほこりを拭いて並べ替え、脇にどかして分類する。これは読みかけの本、これは読み終わった。旅行にはあまり行かないから、このパンフレットは不要だな。こうして書くと手際が良く見えるけれど、いちいち手を休めて判断するのは骨が折れる作業です。おまけに暑い。リモコンが雑誌たちの奥にかくれんぼしてしまっていて、エアコンを点けられないのです。
 足元から出てきた収納を空けると、雑誌の切り抜きが入っていました。十五年程前に、絵を描く上での参考資料として集め始めたものでした。人間の仕草を分類して収納するつもりが、ただの『当時のファッション集』で終わっています。デジカメや携帯電話で撮影してデジタルで分類し始めてから、参考にしなくなったのです。懐かしいけれど、バイバイだ。
 部屋の奥から出てきたのは、二つの古い鞄。一つは何かの特典で入手したもの。もう一つは…手が止まりました。高校生の時、背伸びした放課後にファッションビルで初めて買った、革の鞄だ。一緒に行った友人達の顔が浮かびました。その時まわった靴屋と、街の雑踏、夕方の日差しが蘇ります。少し胸を張って帰った帰り道。革の手触りが新鮮で誇らしくて、電車で会話しながら僕は鞄をかすかに撫でていました。後日、友人は買った靴をすぐに履きつぶして、勲章みたいに見せては笑っていました。
 …部屋の外の木々からヒグラシの鳴くのが聞こえました。空が暗くなってきた。掃除する手が止まっていたのです。思い出の手触りは、写真には写せない。僕は鞄を拭いて奥にしまい、別の何かを捨てることにしました。

☆山口高弘 1981年市原生まれ。
小学4年秋~1年半、毎週、千葉日報紙上で父の随筆イラストを担当し、本紙では97年3月イラストを連載。

関連記事

今週の地域情報紙シティライフ

今週のシティライフ掲載記事

  1.  いつもの房総丘陵の奥で、シイ属の朽木に五百円玉くらいの変わったキノコの幼菌を発見!一カ月ほど経つと表皮が破れ、中からタールのようなテラテラ…
  2.  およそ20年もの間、秋から冬の気温の低い時期にかけて、毎年一年分の手作りベーコンを作ってきました。肉の表面に塩、胡椒、ハーブ類を擦り付け、…
  3.  8月28日(日)まで、千葉市中央区にある千葉市科学館では『科学捜査展season3~真実の相棒~』が開催されている。ミステリーは、小説やド…
  4.  5月24日(火)、五井公民館で『房総太巻き寿司教室』が開催された。主催は市原市ボランティア連絡協議会(以下V連協・鈴木幹夫会長)のFF部。…
  5.  周囲に迷惑をかけず人生を終わらすための『終活』。身の回りの品や資産の整理などの準備を行い、人生のセカンドステージをより良く過ごすためにライ…
  6.  人間誰しも間違いや失敗は起こします。子どもなら尚更です。子どもが間違いや失敗した後に、周りの大人がどのような対応をするかで、その子の考え方…
  7.  茂原市在住・黛葉(まゆずみよう)さんが初めて本を出版しました。飼っていた2匹の猫、マミ&モモのエピソードを抜粋した体験記と、モモのファンタ…
  8.  初夏になると近所にある水路の斜面一画に、藤の花のような紫のグラデーションがきれいな、ナヨクサフジの花が咲き誇ります。  ナヨクサフジは、…
  9. シティライフ編集室では、公式Instagramを開設しています。 千葉県内、市原、茂原、東金、長生、夷隅等、中房総エリアを中心に長年地域に…

ピックアップ記事

  1.  8月28日(日)まで、千葉市中央区にある千葉市科学館では『科学捜査展season3~真実の相棒~』が開催されている。ミステリーは、小説やド…

スタッフブログ

ページ上部へ戻る