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- 2018/8/9
- 市原版, シティライフ掲載記事

文と絵 山口高弘
真夜中に目覚まし時計が鳴って、すぐに止めました。仮眠できなかった。妻も起き出しました。赤ん坊はすやすやと寝ています。テレビは点けてありました。サッカーW杯、日本対ベルギー戦です。ロシアとの時差のせいで、朝刊が配達されるような時刻でした。
ご存じの通り激闘でした。してやったりの得点が入り、夢のようなシュートが決まり、不運な失点に動揺して、巨人のような相手に押し戻されて、最後の1分。急に赤ん坊がわんわんと泣き出しました。「ああーあー」『もうおしまいだ!』というような大きな泣き声の中、大逆襲のゴールが決まって、日本はマンガみたいに敗退しました。赤ん坊がピタリと静かになりました。予言のようでした。画面の向こうで、死力を尽くした選手たちが泣いていました。
世界中がサッカーに夢中になる4年に一度の夏。サッカー好きの僕よりも、妻の方がのめり込んでいました。日本が敗退した後も、深夜にテレビ正面に折り畳みの椅子を広げて、じっと画面に見入っている。遠い異国の戦士たちを、出身や経歴まで調べていました。「フランスを応援するの。〇〇選手と××選手を応援しなきゃ。先に寝てて」出てくる選手名は…なんだ、全員イケメンだ。僕が目を閉じて寝始めると、「ああ」「惜しい」「PKだ!」妻のひとり言です。眠れない!
僕は外に出て、近所の公園に行きました。電柱のてっぺんが月光にくっきりと照らされて、向こうに星が無数にまたたいていました。気の遠くなる距離からの、古い星の光です。貴族たちが蹴鞠で遊んでいた平安時代の光も、いま届いている。素敵な時差です。時間を忘れて見上げていました。
さて帰ろう。妻のスター達は、試合で活躍したかな。
☆山口高弘 1981年市原生まれ。
小学4年秋~1年半、毎週、千葉日報紙上で父の随筆イラストを担当し、本紙では97年3月~イラストやエッセイを連載。