発掘と絵図から探る奈良輪の謎

 袖ケ浦駅の北口開発に伴い発掘した遺跡の出土品と旧家に残る絵図や古文書から地域の歴史を読み解く、袖ケ浦市郷土博物館の平成27年度企画展『水神下遺跡と奈良輪宿』(7月5日まで)が開催されている。
 袖ケ浦市奈良輪地区は古くは海上と陸上交通の拠点であった。中世の検地帳に地名があり、江戸時代の絵図に房総往還(船橋から館山に至る街道)の宿場や干拓前の奈良輪潟が描かれている。明治期は楢葉村(ならはむら)と呼ばれ、袖ケ浦駅はかつて楢葉駅だった。
発掘調査以前は田畑だった水神下遺跡。掘ると古墳時代の自然流路(川)や井戸、平安時代・中世の道路、近世の溝が姿を現し、数多くの遺物が発見された。「見つけたとき周囲は水浸し、最後は手で掘った」と振り返るのは発掘の責任者西原崇浩さん。調査終了間際の平成24年、出土したのは青銅製小銅鐸(しょうどうたく)と銅鏡、石製垂飾(すいしょく)品。いずれも大きさは数センチほど。まとまって発見されるのは珍しく、当時大きな話題となった。「祭祀を執り行った司祭者の副葬品の可能性がある」という。
 会場では前記3点のほか大韓民国出土の銅鐸複製なども展示され、小銅鐸の謎を推理している。弥生時代に大陸より稲作とともに伝わった銅鐸は西日本中心に分布するのみだが、ミニチュアの小銅鐸は関東地方でも見つかる。しかも千葉県内の9点は全て東海地方と関係の深い西上総で発見された。袖ケ浦市では平岡公民館周辺の文脇(ふみわき)遺跡に続き2例目。今回は市原市の天神台遺跡とちはら台遺跡群の5点、木更津市と君津市の出土品も展示され、県内の小銅鐸全てを目にする数少ない機会になる。
 また、遺跡の墓所があった塚では大量のかわらけ(素焼きの土器小皿)も掘り出された。古文書などにより塚の建造は江戸時代と考えられていたが、室町時代とわかった。貴重な古文書は江戸時代に五大力船の船主、明治期に塩田開発事業を行った奈良輪村名主の子孫、鳥飼宏親(ひろちか)さん所蔵。当主が書いた『奈良輪實録』からは水神下の名の由来もわかる。絵図には現存する福王神社(福王権現)、海蔵院、伊野右衛門塚(おふごの森の長見塚)なども描かれている。当時の暮らしに思いを馳せ、参考に添えてある写真を見比べると楽しい。
 解説する企画担当者桐村久美子さんは「プロローグ(序章)は水神下遺跡の発掘。物語の続きは子どもたちが作る。アクアラインなるほど館の奈良輪小学校児童調べ学習成果展もぜひ見てほしい」と熱く語る。鳥飼さんら古老に聞いて小学生が調べた、奈良輪発生のナラワスサビノリの記事がおもしろい。
 企画展は会期中展示替え有り。開館時間は9時から17時、休館日は月曜日。展示解説会は7月4日(土)11時より。遺跡発表会と特別講演は袖ケ浦市市民会館にて6月14日(日)10時より。

問合せ 袖ケ浦市郷土博物館
TEL 0438・63・0811

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